The Concept

 

 私は2008年に帰郷し、富山市内の実家の薬局で働きながらライター活動を始めた。遠きにありて思うものだった故郷が、暮らしの基盤になってからもうずいぶん経つ。東京で何者かになろうとあがくフリにも限界が訪れ、29歳になる年に私は“都落ち”した。……

 そしてすっかり“中の人”になった気でいる私は、外から眺める“寂しい富山”をもう味わうことができなくなっていた。だがそれは、富山自体にも大きな変化があったからだ。その変化は、富山市が全国に先駆けて推進してきたコンパクトシティ計画と、20153月の北陸新幹線開業によってもたらされたものだった。……

 街が洗練されていくたびに私は、壊れたから作るのか、作るために壊しているのかがわからなくなった。アクの強いものを手っ取り早く撤去し、大量生産された白いハコを街に放り投げる。それが、よそから広く人を招き入れることなのかと疑問が湧いた。ヒアルロン酸を注入した顔がだいたいのっぺらぼう化するのと同じく、ここは、どこにでもある、しかしなんだか得体の知れないどこかになっていく。

 

 アメリカの一般家庭が当たり前のように自動車を所有できるようになった時代のこと、郊外の新興住宅地に庭付きの一戸建てを買い、そして彼らは旅に出た。モータリゼーションはそれぞれの地域の風土に根ざした多様な景色を約束してくれる、はずだった。しかし現実は逆方向に作用した。

 ケンタコナルドの一人勝ちだった。彼らは見知らぬ土地の正体不明な個人経営の店でローカルフードを口にするよりも、どこにでもある、つまりは限りなく同じ味を保証されたフライドチキン、タコス、ハンバーガーを選んだ。同様に彼らはショッピング・モールやコストコを愛し、かくしてロードサイドは「どこにでもあるどこか」になり、その道は間もなく国境の外側へと伸びていった。

 情報化社会においても、消費者たちは全く同じ選択へと動員された。インスタグラムやティックトックで各人が己に似合う十人十色のファッションに出会い、あるいは発信する、なんてことは起きなかったし、これからも起きない。ロングテール神話も遠い昔、現実はドラゴンヘッドの寡占で終わった。グッチにヴィトンにエルメスと、バカでも分かる、というかバカにしか分からない罰ゲームのようなロゴ丸出しがラグジュアリーの規格と化して、そして日常においては、ファストファッションアースカラーをひたすらまとう。

 めでたく世界は液晶画面よりももっとずっと平板なその姿をあられもなく暴かれて、もはや「どこか」である必要すらもなくなった。

 

 筆者が戻った郷里の景色もその現象に限りなく似る。

 東京での編集経験を生かして、地元のフリーペーパーで郷土の魅力を再発見して発信する。そう意気込んではみたものの、いきなり壁にぶち当たる。

 つまり、そんなものは道の駅という名のステレオタイプ記号性のごった煮に限りなく似て、「『田舎ってこうでしょ』という紋切り型のイメージ、『地方はこうあってほしい』という願望」の焼き直しにしかならないのだから、当然に地元の人間を惹きつけられるはずもない。あくまで彼らが欲していたのは、「美味しいランチが食べられるお店とか、子供を連れていけるカフェとかの情報」、それもまた、要するに都市型消費モデルの縮小再生産に過ぎない。

 そのいずれでもない第三の道に筆者はやがて気づく。

「薪を組んだ暖炉の前で、マフラーを手編みするおばあちゃん。その皺だらけの手元だけではなく、ばあさんの服装が全身ユニクロだという全体像も私は見たい。ピカ一の目利きで知られる人気寿司店の大将。『あんた! 母ちゃんに怒られっから帰られ!』と見事に泥酔客をさばく様子もリポートしたい。土地に根ざして日々を営むことは、“ていねい”なだけでも、“ほっこり”なだけでもやっていけない。そこからあぶれたもの、なかったことにされてきたものにこそ、ここでしか紡げない物語が隠されているのではないだろうか」。

 

 このテキストがそうした突飛な人々を単に紹介していくだけならば、それこそそんな代物は「どこにでもある」。他とは圧倒的に異なるものがこの一冊にあるとすればそれは、結果的に何者かになってしまった彼らに触発されるように、「私」が何者かへと変わっていく成長物語を描き出していく点にある。

 奇しくも筆者はそうした何者かのひとりからこんなことばを引き出してみせる。

「私は自分で自分のことを信じてるわよ。だって、信じるしかないじゃない」

 何者かであるとはつまり「自分」であること、「信じ」られる「自分」であること。“何者でもなかった”筆者がミニコミ誌を起こし、イベントを企画することで、「自分」を作る、「自分」に出会う。

 ふと気づいてみれば、その格好のロール・モデルがごく身近にいた。

 母だった。

「真面目に働けば働くほど、律義に借金をこさえるような」夫を諦めて、35歳にして薬局を開業。売り上げがふるわないので化粧品や衣料品に手を広げ、それでも売れなければ自ら一軒一軒を訪問販売して回るようになる。「当時のオカン版“黒革の手帖”には、女性客の趣味嗜好、洋服サイズのデータが事細かくメモしてあった。営業経験もなく、ましてや経営なんてはるか縁遠かった主婦が、二人の子供を育てながら未知の地に飛び込」んで、さらには介護施設も新規で立ち上げ、そうして彼女は「自分」になった。

 その母に「恥をかけ!」と尻を叩かれ背中を押され、サブカル系ボンクラ毒女が少しずつ「自分」になっていく。

 すべて「自分」は生まれるのでなく作られる。

 

「どこにでもあるどこか」とは、「自分」のいない街をいう。

 

 装丁においても、このテキストは秀逸。

 カバーからして、めくるな、めくるなよ、とダチョウ俱楽部ばりの煽りを入れてくる。そしてうっかり剥がしてみたら――

 章のトーンに呼応するように紙には色調の濃淡が配されて、とりわけ東京時代をめぐる第1章には、ツルツルなつまりは指に引っかかりのない質感の純白が宛がわれている。

 テキストとは単に筆者が打ち込んだ文字の情報によってのみ成り立つものではない。例えばこうした紙を通じて、他者を通じて、藤井聡子という「自分」が作られていることを、モノとしてのこの本のあり方が証している。

 

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勝手にシンドバッド

 

 本書の主役は、誰からもほとんど顧みられないのに、誰もそれなしでは生きられないものである。それは世界で最も重要な個体であり、現代文明の、文字どおり土台をなす物質なのだ。

 その物質とは、砂である。……

 今日のあなたの生活は砂に依存している。意識していないかもしれないが、そこらじゅうにある砂のおかげで、あなたの生活スタイルが成り立っている。それも、ほとんどあらゆる瞬間においてである。私たちは砂のなかで暮らし、砂の上を移動し、砂を使って連絡をとりあい、自ら砂のなかに身を置いているのだ。……

 どうしてこのような状態になったのか。なぜ人間はこの単純な素材にここまで依存するようになったのか。これほど大量の砂がいったい何に使われているのか。そして、この砂への依存は、地球にとって、そして人間の未来にとって、どのような意味をもっているのだろうか?

 

砂上(さじょう)の楼閣(ろうかく)の解説

見かけはりっぱであるが、基礎がしっかりしていないために長く維持できない物事のたとえ。また、実現不可能なことのたとえ。

デジタル大辞泉小学館

 本書を読んだ者は、もはやこの慣用句をかくのごとき意味において用いることはできない。

 何せ現代の都市や住宅地を見渡せば、そこにあるのは見渡す限りの砂と砂と、そして砂、「セメントと水を混ぜたものに、『骨材』、つまり砂と砂利を加えてつくられ」たその素材、すなわちコンクリートによって埋め尽くされているのだから。

 コンクリートがかくも普及するようになったのは、何をおいてもその強靭さゆえに他ならない。そもそも「コンクリートは圧縮強度がとても大きく、強い圧力をかけても壊れることなく耐え続け」、ただし、「引張強度は小さくて、強い力で引っ張られるとひびなどの欠陥から簡単に割れたり砕けたりもする」、この砂の塊はやがて互いの短所を補完する最高の相棒を見つける。鉄筋という。

 そしてこの新技術は、間もなく決定的なターニング・ポイントを迎える。1906年のサンフランシスコを襲った巨大地震とその後の大火災、「ようやく火が鎮まると、ミッション通りと13番通りの交差点に、奇妙な光景が現れた。焼け焦げた角材や瓦礫のまんなかに、建物が1棟だけ残っていたのだ。……その建物が残った理由は、当時物議を醸していた鉄筋コンクリートという新素材でつくられていたためである」。この一件は、レンガという旧型の技術の崇拝者を沈黙させるには十二分なものだった。

 今日の道路を覆うだろうアスファルトにしても、「基本的には、砂利や砂がくっついているだけのものだ」し、鉄筋コンクリート建造物の外観にアクセントを加えるガラスにしても「その大部分が単なる溶けた砂である」。そして現代のIT社会の基礎をなす半導体さえも、元をたどれば「高純度のケイ砂」である(もっとも、その原料をシリコン純度99.999999999パーセントにまで磨き上げる必要はあるのだけれども)。

 さらには近未来のエネルギーすらもこの砂によって支えられる。シェール・ガスにシェール・オイル、これら資源が岩盤の向こう側に眠っていることは誰しもが知っていた、ただし取り出すことができなかった、そのブレイクスルーを与えたのが砂だった。「かくしてアメリカでのシェールガス生産量は、2000年に91億立方メートルだったのが、2016年には4470億立方メートルへと跳ね上がった」。太陽光パネルとてつまるところは砂の塊である。

 砂というインフラのこの強度をここまで実証されてなお、「砂上の楼閣」などと軽々に口走ろうなどと誰が思うだろうか。

 

はま‐の‐まさご【浜の真砂】の解説

浜辺の砂。数のきわめて多いことのたとえにいう。

デジタル大辞泉小学館

 この比喩を退けようなどとは、相当に無謀な試みに違いない。なにせ地殻に含まれる元素の質量比でいえば、ケイ素Si27.72パーセントと酸素に次ぐ。とある見積もりによれば、全世界の海岸にある砂粒はざっと750京、つまり7.5×1019乗、7500000000000000000、たぶん合ってる、仮に合ってなくても誰もチェックすらしない。こうしたデータを羅列されれば、いくらでも余っている、誰だってそう断言したくもなる。

 ところが、世界は既に砂不足で悩まされている。

 例えばフロリダ州フォートローダーデール、美しい海岸線で鳴らすこのリゾート地で「砂浜が消えつつあるのだ。/……物事が自然のままに進んでいれば、太平洋近海の南向きの海流によって海砂が運ばれてきて砂浜に継ぎ足されるはずである。かつては確かにそうだった。だが現在では、海砂の供給が断ち切られた」。その原因はマリーナや防波堤。浜に真砂がない、まるでジョークのようなこの事態を回避するために、郡では長年、近くの海底から浚渫した砂を人工的に補充することで、ようやくその体裁を保ってきた。彼らは大真面目にbring sand to the beachに取り組んだ。ところが、頼りのその砂すらも尽きつつある。「フロリダ州が特殊なのではない。アメリカ全土で、そして世界中で、砂浜はなくなりつつある」。

 アラビア半島で砂を売るなんて、エスキモーに氷を売るのと同様のハード・タスクと思うだろう。ところがそんな事態さえもことドバイにおいては決して珍奇な話ではない。というのも、「砂漠の砂は……埋め立て用途にも適していない。砂の粒が丸みを帯びすぎているため粒同士がしっかりくっつかないのだ」。だからペルシャ湾の砂をさらう。もちろんその反動で、生態系がダメージを負う。潮の流れが変わった結果、ビーチに砂が届かなくもなる、だからここでも彼らは砂を買う羽目に陥る。

 

「人類が使う原料の量……は、およそ100年で8倍に膨れ上がった。建設資材の量に至っては34倍である。……自然の力により山々が侵食されることで新たな砂は絶えずつくられているものの、それをはるかに超える量を私たちは使っているのだ」。

 だからといって、砂とともにあるこの堅牢な生活を手放すことなどできない。今さら木造建造物をデフォルトにすることもできなければ、アスファルトを剥ぎ取った泥道を行くこともできなければ、窓ガラスを障子に切り替えることもできない。砂を継ぎ足すことで辛うじて維持されるビーチを諦めることは、緩衝地帯、ライフライン機能の放棄を意味してしまう、それは単に観光資源の問題ではない。ましてや半導体を日々の生活から奪い取ってしまえば、砂を嚙むどころの騒ぎではない、現代においてはもはや生死に直結せずにはいない。考えられない、まさしくhide head in the sandしたくもなる。

 人新世とはすなわち、砂の文明をもって定義される。そこに持続可能性など望めない、遅かれ早かれ崩れ落ちる、あとはどう壊れるかの問題でしかない。

 砂上の楼閣なる語の比類なき正確さを改めて知らされる。

華氏119

 

「私は60代の法病理学者(法医学者)だ。これまでに行った検死と解剖の数は、2万件を超える」。

 しかし、本書ではもはやこのステートメントすらも過去形をもって表されなければならないのかもしれない。

 というのも、イギリスの法医学もまた、サッチャー以降の制度改革の波に完全に飲み込まれてしまったから。

「大学の医学部はずっと、法病理学の講義をする私たちに給料を払ってくれていたが、彼らは――ほぼすべての大学が、一校また一校と――決断していった。今後は法病理学には資金を提供しない、もしくは、法病理学の講義をやめる、と」。論文発表などの学術的パフォーマンス・レートもそう高くはない。診療報酬が見込めるジャンルでもない。経済学者やコンサルタントの設定するインセンティヴによる審査は、どうあがいても彼らの労に高評価を認めることはない。

「つまるところ、私たちは民営化されたのだ。今後は、教えている大学から給料をもらって法病理学的なサービスを無償で提供するのではなく、自分で直接警察や検死官や弁護側の弁護士に請求書を送らなくてはならない。

 自覚したのは、給料がもらえなくなれば、今後は『必要だが無償の仕事』は続けにくくなること。ずっと続けてきた、当局に安全な拘束方法を教える、といった公的な仕事のことだ。それに、災害対策に参画することもだ」。

 かくして彼ら法病理学者は「死を調べるために前ほど呼ばれなくなっ」た。「検死官の中には、死因審問を開く費用や手続きを省こうと、不審な点に目をつぶる者もいるようだ。自然死の『可能性』があり、医師が書類に快くサインしてくれる『可能性』があるなら、多くの検視官は、あまりよく調べずにそれを受け入れてしまうだろう。悲しいことに警察も、法病理学者に標準料金――実は数千ポンドかかる――を支払わなくてはならないせいで、納得してしまうのだろう。この死は(とくに、年度末の死だったりすると)結局それほど不審じゃないから、内務省に登録している40人ほどの専門医でなくても、法病理学者ではなく地元の病理学者でも対応できるだろう、と」。

 

 筆者が映し出す世界は、『CSI』や『科捜研の女』とはあまりに違う。ドラマの出来事ならば、その死因や真犯人の特定をもって事件はあたかもハッピーエンドのごとき一話完結クライマックスを迎えるだろう。しかし、法病理学者によって行われる真相の究明は、単に一件のクライム・ケースに留まらない波及効果を持たずにいない。

「ある冬の日、呼び出されて高齢の女性の家に向かうと、彼女は裸のままテーブルの下で身体を丸めるように横たわっていた。警察は犯罪現場として扱っていたし、確かに誰かが金目の物を探したあとのように見える。食器棚もタンスも開けっ放しで、中身はあたり一面にぶちまけられている。軽めの家具の中には横倒しにされているものもあった」。

 すわ強盗殺人か、と疑う捜査陣をよそに筆者が出した結論はシンプルなものだった。

「低体温症で亡くなったはずです」。

 雪山の遭難者でもしばしば見られる、むしろ暑さを感じるらしい彼らは、往々にして衣服を脱ぎ捨て、狭い場所に身を縮める。「隠れて死ぬ症候群hide and die syndrome」なるカテゴライズすら与えられているという。

 かくして難事件は快刀乱麻に落着した、とはならなかった、少なくとも筆者にとっては。

 この女性は「ネグレクトで亡くなったようなものだ。自分自身によるネグレクトと言えそうだが、やはり――友人や家族やコミュニティから――気にかけてもらえなかったことが、こんな事態を招いたのだ。(中略)このとき初めて思った。遺族に会いたい、と。この女性の子どもたちに、母親がどのように亡くなったのか、正確に説明したかった。でも彼らは、私に連絡を取ろうとしなかった。死因審問にも、姿を見せなかった」。

 認知症を来し、無気力に冒され、暖を取ることもままならず、やがて打ち震えてひとり天へと召された。彼女は死へと向かう一連のプロセスにおいて極めて特異な事例を表してはいない。この一件の向こうには、数知れぬ孤独死待ちの予備軍たちが控えている。法医学者はそんな社会の姿を透かす。

 

 プリンセス・ダイアナの事故死の再調査にも携わる。今なおうごめく陰謀論をよそに、真相は至って明快なものだった。

 飲酒運転はやめましょう。

 シートベルトは締めましょう。

 もし「シートベルトでしばられていたら、おそらく事故の2日後には、目の周りに青痣をつくって、肋骨骨折で少し息を切らしながら、折れた腕を包帯で吊って、公の場に姿を見せていただろう」。

 400万ポンドの調査費、900ページの報告書の果ての、ただこれだけの法医学者による退屈なまでに鼻白む真実でも、あるいは数千、数万の交通事故犠牲者の命を未然に助けているのかもしれない。

 

 その女性は、ジャマイカからの不法滞在者だった。ある朝のこと、出入国審査官が警察官を伴って彼女を強制送還すべくアパートを訪れる。必死に抵抗する彼女に警官たちは拘束ベルトを巻きつけ、噛みつかれないように顔をテープで覆った。呼吸できるように鼻を空けてはいた。それで十分だと彼らは思っていた。

 しかし、口をふさがれていたことは興奮状態の彼女にとってそのテープは致命的だった。彼女は「絞殺されたわけではない。外傷性の脳損傷もないし、嘔吐物を吸い込んでもいない。口を粘着テープで覆われたことで、窒息したのだ」。

 それにしても「警察官に拘束されて亡くなる人が多すぎるのだ。警察官たちはもちろん『職務を果たしているだけだ』と思っているし、誰かを殺すつもりなど毛頭ない。それでも人が死んでいく」。悪意の問題ではなく、要するに、「人を『安全』に拘束する方法を知らない人たちがいるのだ」。

 このケースを受けて、筆者は「複数の団体の積極的かつ熱心なメンバーとなり、時には扇動者にもなった。そうした団体は、拘束の手順を見直すだけでなく、仕事で他人を拘束しなくてはならない人たち――主に警察官、刑務官、出入国審査官――を正しく訓練するために設立された。(中略)ほとんどの警察官は、苦痛を最小限に抑える正しい拘束方法をとても熱心に学んでくれた。彼らは他の誰より、自分たちのやり方がよくないことに気づいていた。そして、他の誰より理解していた。苦しむのは犠牲者の家族や友人だけではなく、警察官自身の人生もキャリアも、ほんの数分の出来事でがらりと変わってしまうことを」。

 

 法医学者としての仕事を通じて、いわゆる「乳幼児突然死症候群SIDS」にも数多遭遇する。統計的に減少傾向は顕著である。うつぶせや受動喫煙といったリスクが周知されるようになったことが寄与しているには違いない。基準の厳格化により、虐待を含む他の死因へと振り分けられるようになったことも大きかろう。しかしそれでもなお現状、死因をSIDSとしか説明できないケースは事実として存在している。

 あるケースについて、筆者はその診断を見落としと糾弾される。論拠はつまるところ、捜査官によって撮影された粗末極まる写真でしかなく、しかし、「仕事人生を通して、ずっと事件の調査をしてきた。なのに今や、私が事件だ。私が調査されている」。そのパニックの果て、彼はPTSDを患った。

「私のPTSDは、これまでに検死・解剖した23000人の遺体の、どれかによるものではない。そのすべてによるものでもない。これまで後片づけに関わった災害のどれかによるものではないし、そのすべてによるものでもない。生涯をかけて、すべての人たち――裁判所、遺族、市民、社会――を代表して、人間の人間に対する残酷さを、じかに証言してきたことで発症したのだ。

 この診断の結果、どうなったのかって?

 2016年の夏、仕事を休んだ。

 二つの治療法は、話すことと薬。

 そして、この本を書いた」。

 書くこと、語ること、ことばにすること、すなわち真実が筆者を癒す、人間を癒す。

 ネオリベラリズムの先端を行ったイギリスは、法医学者による解明なるこの真実という回路を自ら嬉々として閉ざしてみせた。

「すべてを最初に正しくやるほうが、ずっとずっといい結果を生むし、ずっとずっと安くすむのだ」。

 ベーシック・サービスを剥ぎ取ること、真実を剥ぎ取ることが、いかにして人間を蝕んでいくかをこのテキストは必ずや教える。

「戦争の最初の犠牲者は真実である」との古代ギリシャアイスキュロスの格言が本書に引かれる。

 あれも無駄、これも無駄、それも無駄――「真実」を二の次にコストを優先する社会による破壊衝動は、やがて「戦争」へと至らずにはいない。

 

 ただし本書は同時に告げる、人間を前進させるのはやはり真実であることを。

「ある朝、姉が15歳の妹の寝室に行くと、夜のうちに亡くなっていたことがわかった(中略)両親もきょうだいも大いに戸惑い、ショックを受け、打ちのめされている」。彼女の死因は今日においては「てんかん患者の突然死(SUDEP)」と呼ばれるものだった。遺族を前に筆者はこう強調した。

「あなたにできることはなかった」。

 この「言葉は魔法のように罪悪感を消してはくれないが、少し早く消し去ってくれる。私はそう願っている」。そしてこの「面談をきっかけに考えるようになった。法病理学と遺族との接触を、もっと頻繁に用意すべきだ。確かな情報は、事実を明らかにしてくれるだけでなく、支えと安心、そして遺族がいずれ前に進むための健全なよりどころをくれる」。

「確かな情報」よりも感情、そんな「不自然」なポスト・トゥルースは束の間の痛み止めや興奮剤くらいにはなるかもしれない、しかし決して「よりどころ」を与えてはくれない。彼らビリーヴァーはいかなる問題解決能力をも示し得ない、なぜならばそれを発見するためのリソースを割くことを彼らは決してしないから。

 筆者曰く、法医学者の特性として、「ほかの医者とちがって患者は全員死んでいる」。

 いや違う、彼らの仕事は、真実は、生ける者へと一貫して向けられている。

 

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辞書はかがみ。

 

 皆さん、こんにちは。飯間浩明と申します。私は、『三省堂国語辞典』という辞書の編纂にたずさわっています。

 ――大学で受け持っている授業や、セミナーなどで、私は最初にこのように自己紹介をします。すると、聴衆の頭からいっせいに「?」マークが飛び出すのが見えます。……

 まず「編纂」ということばの意味が分からない。とりあえず「編む」ということだとして、「国語辞典を編む」というのも分かりにくい。国語辞典は、ことばを調べるために「ある」ものであって、誰かが「編む」ものだということは――たしかに、理屈ではそのとおりだとしても――考えたこともなかった。

 聴衆の心の声は、だいたいそんなところでしょう。……

 できるなら、十分に時間をとって、私自身の仕事について思う存分語りたい。国語辞典の編纂がどういうものかについて、多くの人にわかってもらいたい。これが、本書を書くに至った理由です。

 そんな話、おもしろいのか、という声が聞こえてきそうです。ふだんから人々の関心を集める職業を語るならともかく、国語辞典の編纂は、地味で、目立たず、さほど関心を引かない仕事です。それを話題に選ぶことは、あまり有利ではなさそうです。

 でも、やっている本人にとっては、これ以上おもしろい仕事はありません。スリルと発見に満ち、ものを生み出す喜びがあります。夢中になって打ちこめる仕事です。そのことがうまく伝われば、きっと読者にも楽しんでもらえるでしょう。

 

 以下、このレビューはその過半を佐々木健一『辞書になった男』からの受け売りをもって成り立つ。無論、そこに曲解や誤読があれば、その一切の責めは引用者が負う。

 

 ある朝のこと、駅前のコンビニで雑誌を買う。その日筆者がチョイスしたのは『non-no』、電車に揺られながら丹念に一字一字を目の皿のようにして追いかける。といっても、女性のファッション・トレンドをフォローするためではなく、あくまでその目的は用例採集、「ソルベカラー」、「ショーパン」、「Cカーブ」、「プチプラ」……気になったフレーズに丸をつけていく。雑誌1冊を数日がかりでようやく読了、平均して70例ほどが拾われる。例えばテレビ番組も録画しては、やはり気になった言い回しをひたすらPCに入力していく。街中で目についたものがあればとりあえず写真に収めておく。そこまでしても筆者が「1か月に集めることばの用例はせいぜい400語、相当無理をしても500語です。1年間では5000語といったところです」。

 私が想定するような仕方では、おそらく筆者は本を読まない、動画を見ない。1時間ドラマを1時間で見終えることもままならない、これほどまでにためつすがめつ資料にあたっても、これは、と思える用例が年につきようやく5000、無論そのすべてがエディション変更の度に取り入れられることはない。

 

 ところが上には上がいる。この『三省堂国語辞典』のファウンダー、見坊豪紀が生涯をかけて集めた用例はなんと145万点にのぼる。ちなみに、『三国』に実際に掲載されるのは、初版で57000語、最新の第8版でも84000語に過ぎない。

 そこには見坊の辞書観が強力に反映されている。「ことばの“今”を反映した辞書を作るには“生きたことば”を徹底的に調査するしかない」(『辞書になった男』)。まるで風を追うように、移り行くことばを記録し続けた末、飯間の弁によれば、見坊は「国語辞典はこう作らないといけない、という段階をすでに超えていた。辞書を作るレベルを超えていたと思います」(同上)。

 

 そして三省堂からは、もうひとつ、毛色の異なる辞書が発行されている。『新明解国語辞典』。

 見坊以来の『三国』のポリシーが「実例主義」、すなわち、「世の中に定着したことばはなるべく載せ、今の日本語がどうなっているのかを辞書に反映させること」だとすれば、『新明解』の特色は、何と言っても赤瀬川原平のベストセラーをもってつとに知られる通り、エッジの立った語釈にある。例えば「動物園」の場合。

 

どうぶつえん【動物園】 生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、捕らえて来た多くの鳥獣・魚虫などに対し、狭い空間での生活を余儀無くし、飼い殺しにする、人間中心の施設。

 

 ある者に言わせれば、「攻撃的でしかなかった」、しかしそのファウンダー、山田忠雄は「辞書は“文明批評”である」との理念の下、ひたすらに我が道を行った。

『辞書を編む』の中に、その名前はただ一度しか現れることはない(対して見坊は58回)、しかしそのミームは少なからず筆者にも引き継がれている、と私は見る。

 例えば「カピバラ」をめぐる語釈に際して、動物図鑑などにあたってはみるものの、どうにもピンと来ない。「ネズミの仲間」、「南米が主な生息地」、「成長すると体長1メートル、体重50キロに達する」、「完全な草食性」、「泳ぎがうまい」、「肉が美味」……これらの情報はいずれも正確ではあるのだろう、しかし、カピバラを知らない子どもがこれらの要素からあの風貌を果たして組み上げることができるだろうか。筆者は実際に動物園に出向き、その観察を語釈に織り込む。

 

カピバラ(名)〔capybara〕〔動〕 ネズミのなかまで、大型犬ほどの大きさのけもの。毛におおわれ、ねむそうな目と、間のびした鼻の下をもつ。

 

 何をもって「ねむそう」とするか、「間のび」の比率を規定する尺度は、と問われれば、相当に癖の強い言い回しには違いない。しかし筆者は断言する。

 科学的に、詳細な知識を得ようとする人には、専門書を見てもらえばいい。国語辞典は――少なくとも『三国』は、「要するに、そのものはどういうものか」を、専門書の記述は踏まえつつも、日常感覚に従って記述したい。

 数多の動物園になぜにカピバラが飼育されているのか。もちろん気候への適応や繁殖の難易度など、「人間中心」の要素も大いに踏まえられてはいるだろう。しかしその「狭い空間」に詰めかける子どもたちは、檻の前でそんなことを考えたりはしない。「ほのぼの」「のんびり」としたあの雰囲気に惹きつけられる。

 そういった文脈読解を欠いてどうして辞書を編めるだろう、調べる者を納得させることができるだろう。

 

ウィクショナリーになくて、『三国』にある特色を、今のうちから育んでいくことが必要です」。

 そんな苦悩を筆者はふと打ち明けるが、いや、既に育まれているではないか、と一読者としてはつい異議のひとつも唱えたくなる。大槻文彦や見坊、山田といった日本の辞書を彩るレジェンドたちの遺伝子が、筆者にもきちんと引き継がれているではないか、と。

 あるいは遠からぬ未来に、AIがウェブ上の用例を分析してその語釈を紡ぎ出す日も訪れるかもしれない。人間による実用にすら先立って、他国の言語にあって日本語にはない概念を訳もなく新語として翻訳し紹介してくれる、そんなことも起きるかもしれない。しかし彼らはスマートに過ぎて、雑誌をボロボロにして用例を集めたりは決してしない、そんな汗を流しはしない。AIは「哺乳類の汗腺から分泌される分泌物」であることや「塩類・ピルピン酸・乳酸・アンモニアなどを含む」ことを即座に導き出しはできても、「暑いときや運動のあと、また緊張したとき」に自らその「塩けを含んだ水」を滴らせたりはしない。

 ウィクショナリービッグデータは、「汗」を知らない。見坊のような博士にして狂人はそこにいない。

 

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春夏秋冬

 

 山崎紀雄はAV宇宙企画とアダルト雑誌の英知出版で成功した。いわばエロによって莫大な資産を築き、豪邸を建て、小切手をゴミのように床に散らかし、ホテルのスイートに10年近く滞在し、贅を尽くして破滅へと向かった男だ。……

 絵とジャズを愛していた山崎は、本当はアダルトよりも絵を描く方が楽しい、と言っていたがそれは本心だろう。色校に対する異常なこだわりと成功は、芸術家肌のなせる業かもしれない。だが本当の山崎は、真面目で勘のよいクレバーな男だ。

 誰にでも話を合わせて会話できるほどの博識家である。

 人をその気にさせる相づちを打つのが、天才的にうまい。

 自分を馬鹿っぽく見せて、相手を油断させ、ノせていく凄腕の営業手腕。

 それが、2年に及んだ取材で、山崎に対して思ったことだ。

 だから、時代の寵児になったのか。

 だから、芸術家になれなかったのか。

 芸術家になりたかった芸術家肌の男が、どうやって資本主義ど真ん中のアダルトの世界を泳ぎ、大金を手にしていったのか。単に運が良かっただけだとは思えない。

 

 本書をkindleで読む。あまりに気になるポイントが多すぎて、途中からハイライトをかけることを放棄する。

 ここまで薄ら笑いが止まらなくなるテキストもそうそうない。

 当時はまだその呼び名すらなかっただろう、AVという新興メディア、未知のフロンティアを行く、ピルグリム・ファーザーズ伝が、どう転んでも素材として面白くならないはずがない。それは石ころをダイヤと偽って売るようなブルシット・ジョブとは明白に一線を画す、というのも、セックス産業にはでっち上げる必要もなく無尽蔵のニーズやウォンツがもとより確として横たわっているのだから。

 そしてもちろん、ただ単に揺籃期をルール無用で駆け抜けたわけではない、この男、山崎紀雄には今なお読む者を唸らせずにはいないだろう、見事な戦略があった。

 例えば、他とは圧倒的に異なっていたという英知出版のグラビアのクオリティには、「色がダメだとすべてがパー」という彼のこだわりが隠されていた。「ウスアカ(薄赤)」という。曰く、「肌色って出しにくいんです。日本人の肌はどうしても黄が浮いてきてしまう。これが邪魔。だからウスアカを入れることで、肌に透明感が出る。ウスアカの大切さは、印刷所の人にも社員にも口を酸っぱくして言ってきたんで、そのうち、言わなくても入れてくれるようになった」。

 良くも悪くもたかがエロ本、果たして手に取る者がそんなことを気にしていたのか、実際のところは分からない。しかしこの語り口にこもる熱量は紛れもなく本物にしか放てない何かがある。

「光があるから影があって、物の存在がある。これはルネッサンスなんです。一方、印象派は光だけで見せていく。明るいピンクの花がある。それは全部光なんです。印象派っていうのは、心で見る」。

 目の前でこんな大風呂敷をかまされたら、誰だってついていく。どうしてこれで笑みを漏らさずにいられるだろう。

 

 本書がなぜにめくるめくエピソードによって彩られるのか。その秘訣は偏に「許容」にある。

「駆け落ちも数人、ずる休みするやつ多数、経費使い込み当たり前。でもそういう奴って、真の人間ぽいよね」。

 そんな「真の人間」たちが、黎明メディアで潤沢な予算に飽かせて、自分の興味を注ぎ込んだ。実のところ新規ベンチャーと同じ、その仕掛けの大半なんて単に空振りで消えていったことだろう、壮絶な失敗をもって語り草になることすらなく。しかし、そんな当たらぬ鉄砲の中から時に「美少女」なる概念が発見される。もはや人口に膾炙し切ったこの語が、山崎の宇宙企画に由来するものであることなど、誰も知ろうとさえしない。

 

 そんな「許容」が産み落とした「不朽の名作」がある、という。

『廊下は静かに』。

 この作品の舞台は尾道、「そこに映っていたものを背景で使っていけば、見たことのある人間は、自ずと引っ張られて作品を見てくれるでしょう」。

 それはAVにありそうな時事ネタなどのパロディとは明白に一線を画す。衣装やセリフをトレースするだけならばほぼノーコストで作れるだろう、しかしわざわざロケ班を組んで広島まで赴き、撮影には5日が費やされた。その労力からいかなる快感が生まれたか。

 監督を務めたさいとうまことに要約させれば、「男ばっかりの学校に彼女一人で、最後全員を惨殺するって話です」。

 

 草間彌生も買った。エゴン・シーレも、マルク・シャガールも、スタインウェイも買った。

 そして「許容」のためにすべてを手放し、「日本のヒュー・ヘフナー」は無一文になった。

イカフライがこんなに美味いとか、感じたこともないからね。京王プラザで中華食べて、寿司は銀座で食って、どこがうまいんだろう、ってなっちゃう。

 今、本当に美味いんだよ。おにぎりが」。

 

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