チャーリーとチョコレート工場

 

眠らない街」「東洋一の歓楽街」と呼ばれた歌舞伎町は、時代の波に呑まれ、何の変哲もないただの歓楽街へと成り下がったという――。

 ネタを求めて歌舞伎町を飲み歩けば、「今の歌舞伎町はつまらない街になった」と古参の住人たちは私を落胆させた。

 しかし、それは本当なのだろうか。……

 私は現代に残る歌舞伎町の魅力を探すため、根城を歌舞伎町に移し、2019年からの約4年間、この街に入り浸った。

 元怒羅権のウェイ、スカウトの正木、歌舞伎町の黒人イブラヒム、キャバ嬢兼風俗嬢のアユ、売春中毒のギャラクシー、芸のラブホテル清掃員のゴーグルマン氏、拉致監禁のプロ・チャーリー、歌舞伎町伝説のカメラマン篝一光氏。

 この街で知り合った得体の知れない、そして味わい深い人間たちとともに私は歌舞伎町で濃密な日々を過ごした。

 

 筆者がその根城に定めたのは通称ヤクザマンション、「分譲オーナーの多くが投資目的で購入した中国人であるため審査が緩かったこと、そして立地も相まって暴力団の事務所が次々と入居するように」なったところから、そんな二つ名がついた建物の一室。もっとも暮らしているのはそのスジの者ばかりではなく、「住むホストたちが夕方店へと出勤し、風俗嬢は待機所になっている部屋からホテルへと向か」っていく。

 そんな拠点から日々目撃するのは、例えば「食物連鎖」のその光景。「まず大前提として、ホストクラブに通う女の子たちの9割以上が風俗嬢であり、彼女たちはホストクラブに通うために風俗で働いている。風俗で働き、大金を稼いだ結果としてホストクラブに通っているわけではなく、あくまでホストクラブありきである」。男から搾り取った金を男に流す。仕入れ原価はほんの7パーセント、つまり7万で仕入れたリシャールを100万で女に売りつける。新規キャンペーンを謳い、はじめてのお客様についてはわずか数千円、それをゲートウェイに釣り上げて、気づけばホストにのめり込んでいる。カタギの稼ぎでは支払いが追いつくはずもない、必然、売れるものといえばカラダだけ。しばしばホストがスカウトを仲介し、そのキャッシュバックのおこぼれにもこっそりあずかる。

 つくづくこのエコシステムはよくできている、嬢が飛びさえしなければ。

 

 ソープだろうが、パパ活だろうが、しかし「食物連鎖」の最下層から原資を供給する買い手たちにはそんな雲の上の営みなど窺い知る由もない。ホス狂いが中毒を来すのと同じ仕方で、女を追ってストーカー化する男もこの歌舞伎町では後を絶たない。守ってあげてる、愛してあげてる、少なくとも彼らの世界線においては。認知の歪みむき出しの彼らは、その自覚すらないまま付きまといを重ねることで「女の子の体力と気力をゆっくりと奪い、女の子を根本から潰してしま」う。

 そんな彼女たちを救うべくトラブルシューティングに乗り出すのが、通称チャーリー。いかにも迫力のあるその魁偉な風貌を前にして、非モテの「いい年したおっさん」たちは訳もなくバスターされていく。

 チャーリーに誘われて、筆者は「隠れ家」を訪れる。そこはストーカーから一時避難するために彼が借り上げたシェルターで、新宿5丁目の何の変哲もないワンルームマンションの一室。当時、ひとりの「手コクイーン」が匿われていた。

 彼は言った。

「風俗嬢の部屋って見たことありますか? もし興味があればドアを開けていいですよ。手コクイーンは今歌舞伎町でコいていますので」

 引き戸を引くとふたの開いた飲みかけのペットボトルが散乱し、こぼれた液体が床に脱ぎ捨てられた服に染みついている。醤油のペットボトルが足元に転がっているが、こちらもふたが開いたままだ。こぼれた醤油が蒸発して床がシミになっている。食べかけの弁当やお菓子、乾麺のパスタがむきだしのままベッドの上に放置されている。

「どうですか。これが風俗嬢のお部屋です。ここに住んでいる女を抱こうという発想にはならないですよね」

 風俗嬢の彼女はかりそめであり、この部屋が現実である。

 

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熱のあとに

 

 歌舞伎町に足を踏み入れたきっかけは、3年前の小さな事件にあった。2019523日、マンションの一室でおきた「ホスト殺人未遂事件だ」。……

 高岡由佳(当時21歳)が、好意を寄せるホスト・琉月さん(当時20歳)の腹部をマンションで就寝中に包丁でメッタ刺しにしたこの事件。……

 まだ21歳という若さで、これからの自分の人生をゼロにする「殺人未遂」を犯していながら、犯行後に「相手が“好きだ”といってくれて幸せだった」と供述していた高岡。そして、逮捕後に琉月さんに宛てた手紙にあった「夢のように幸せだった2か月」という言葉。傍から見たら、相手に殺意まで持って、さらに実行に移すという状態は「地獄」としか思えない。

 そんな高岡に自分の同一視するほどの共感をよせる「#ホス狂い」の女性たち。一体、彼女たちを突き動かすものはなんなのか。なぜ、彼女たちは、自分自身の未来や、果ては命を賭してまで、この街へ通うのだろうか。……

 知人の政治ジャーナリストの口癖は「その土地を知るには、まずは住んでみないと」だ。……その地の水を飲み、同じスーパーで買い物をして、その土地の人々と同じ生活をすることから始め、その場所そのものを理解しながら、徐々に信頼を培っていくのだという。

 歌舞伎町も同じなのかもしれない。コロナ禍の中でも歌舞伎町に通い続ける女性たちはどこに魅力を感じて、この街へと向かうのだろうか。この街が見せてくれる「夢のような幸せな時間」とは一体どんな時間なのか。

 

 実際に街で暮らしてみる。筆者のこの策は、間もなく的中する。ホス狂い当事者にインタビューを試みるもなかなかアポが取れない中、ようやく応じてくれたのが「昭和生まれの人妻おねえさん」、彼女は程なく筆者が仮暮らしするマンションの一室に入り浸るようになる。

 夫とともに会社を経営しているというこの彼女、子どもこそいないが関係は至って円満で、「少女漫画のような恋愛をしたい」と語る「歌舞伎町エンジョイ勢」のひとり、「あくまでもわきまえて、自分の範疇をはみ出さずに遊んでいるように見える」。彼女は「ホストたちに頼まれるがまま、煽られるがままに、店に通っていたわけではない。彼らの言うことや、お願いに従順に従っているように見せて、その実は、じっくりと時間をかけ、ホストたちをコントロールしていたのだ」。筆者の眼には、彼女が竜宮城を巧みに泳ぎ回っているように映っていた、そう、玉手箱が開くまでは。

 ある日、改まった口調のLINEで彼女から面会を求められ、その席上、少なくとも筆者にとっては寝耳に水の告白を聞かされることになる。月100万程度のリミットを設定していたはずが、実際にはわずか1年で総額2800万円余りをホスト遊びにつぎ込み、自らの取り分ではまかない切れず、夫婦の共有口座に手をつけていたのだ、という。家を離れてこの街で暮らす、使い込んだ金も返していく、生計の主たる手段はデリバリーヘルス、豊胸手術は彼女の「覚悟の刻印」だった。

 取材対象者のひとりは筆者に告げた、「歌舞伎町は“共感の街”なんだと思うんです」と。しかし、仕事を超えた友人関係すら芽生えていたかに思えた「人妻おねえさん」のことすらも、実のところは告白を待つまでは何ひとつ気づくことができなかった。そこには延々とただ擬製された“共感”だけがあった。いみじくも、それは筆者がこの街の住人として溶け込めたという達成を証するように。

 

 私がこの渦に巻き込まれたいとは思わない、さりとてこの“共感”を笑い飛ばす気も起きない。

 あるホス狂いは言う。「“愛情”ってある意味簡単で、金額なんです。本気の愛を見せたいなら、てっとり早く、お金を積むしかない」。外野は好き勝手に言うだろう、そんなものは“愛情”ではない、と。しかし、彼女たちはシャンパンタワーを積むその瞬間に確かにそこに“愛情”を感じているのである。泡と消えると分かり切った上で、ビジネスだと知悉した上で、それでもなお歌舞伎町は束の間の「夢」を彼女たちに見せているのである、リアルの日常の中では決して見ることのできない「夢」を。ガラスの靴が、かぼちゃの馬車が、すべてイリュージョンだとシンデレラに向けて叫んだところで、イリュージョンなき灰かぶりの惨めで退屈な日々を突きつけたところで何になる?

 先の「おねえさん」は独白する、「歌舞伎町やホストと関わらなければ、私自身、人生を見直すこともなく、くすぶった生活を送っていたと思う」。「夢」を見ることを諦めたところで、そのつつがなき日々に広がっているリワードといえば、「くすぶった生活」でしかない。セックスを売れば「夢」が買える、この商取引を「くすぶった生活」にどっぷり浸った茹でガエルがどうしてあざ笑うことができるだろう。

「傍から見れば、どのような地獄であろうとも、浸かっているに人間にとっては、温かく、そこから出ることのほうがよほど“地獄”なのだ」。

 

 他方、この“地獄”では「本当に死んじゃう子がいる」。

 霊感商法がそうあるように、これを単に個人の幸福度をめぐるビジネスだ、財産権の自由行使だ、と断言することをためらわせる瞬間にもやがて遭遇することになる。

 ホス狂いのAV女優が友人を失う。自殺だった。「カレとの思い出の部屋で、彼女は自ら最期を迎えたのです」。

「歌舞伎町は命が軽い、とか、自殺が多いとか。歌舞伎町ではすぐ人が飛び降りる、と簡単に語られることが多いですが、実際は違う。亡くなった子と、その家族だけじゃなく、まわりの人生も、すべて変えてしまう。カジュアルなリスカとか、ファッションとしての自殺未遂とかの果てに、本当に死んじゃう子がいるって。歌舞伎町でも、命は軽くなんて、ないんだよって」。

 もしかしたら、「夢」の抜け殻としての命なんてごくごく軽いものなのかもしれない。しかし、と思う、「くすぶった生活」の命のどこに重みがあるというのか、と。

 

 そして筆者は――また、ほとんどの読者は――絶句する。

 あの「ホスト刺殺未遂事件」についてヒアリングを試みた際のこと、カリスマホストがさらりと打ち明けた。

「近いことはザラにありますが、明るみに出ず、事件化することはほとんどありません。この前もある人気ホストが、お客さんともめた末に今回のように包丁で刺され、相当な大怪我をしたのですが、被害届は出さなかった。理由を聞いたら『女の子が罪悪感で、もっと太い客になって戻って来るから』というんです」。

 ピンチをチャンスに変える、刃傷沙汰が商機に変わる、世のすべてのマーケター垂涎、「夢」でも何でもない最高の教材がこの街にはある。

 すべて命は紙より軽い。

 

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Leap of Faith

 

 自然の中で冷たい水に浸かると、一瞬にして心と身体が目覚める。それは原初的な本能、野生といった身体感覚が呼び覚まされるからだろう。水に浸かることは陸上とは異なり、「ほぼ裸」で身体をさらす営みだ。それゆえに自然に包まれていることをひときわ感じやすい。そうして身体の感覚が研ぎ澄まされるからこそ、生きていること(自己の存在)を実感できる。水から上がると、目に映るすべてが鮮やかに感じられ、充足感や自己肯定感が生まれるから不思議だ。

 ただ、課題が生じる。

 では、いったいどこで泳げばいいのか、どこで水に浸かればいいのか、と。……

 日本ではほとんど知られていないものの、「海のプール」がベストではないかと考えた。海だけどプール、プールだけど海、という存在だ。つまり、海辺にある海水プールのことを指す。岩礁を掘ったり、必要最低限のコンクリートで海を囲ったりしたものだ。その多くは潮の満ち引きを利用して、海水が自然に循環するようにつくられている。……本書ではそのようなプールを「海のプール」と呼びたい。……

 では海のプールは、いったいどこにあるのだろう。

 全国を見わたすと、現存する海のプールの数は決して多くはなく、……およそ20箇所と考えられる。海のプールは全国に点在するとはいえ、一般的には馴染みが薄い。多くは都市圏から離れていること、離島に存在することが、その背景だろう。裏を返すと、アクセスしにくい「稀少種」のプールだからこそ、その存在はとびきり美しい。景観や海、プールの美しさに加え、「混雑とは無縁の自由」も謳歌できる。

 

 あるところでは「オヤビッチャやイスズミ、ミヤコテングハギ、シマハギ、ツノダシ」、またあるところでは「ロクセンスズメダイ、ルリスズメダイ、ムラサキモンガラ」、そして別のところでは「マアジの群れが横切り、シロギスが白い砂地を這うように泳いでいる」。なるほど、カルキを効かせたそこらのプールでは決してお目にかかれない光景だろう。

「海洋成分のミネラルが肌の保湿や新陳代謝を高めるなど、海水には美容面や精神面での効果もあるとされる」。あくまで「される」という留保はつけた上で、仮にそれが真理であったとするならば、この効用も街中の人工プールには期待できまい。

 海水浴をしたければ砂浜にでも行けばいい、ただしそこが人工インフラの強み、浅深はコンクリートでデザインできる、波にさらわれる心配も少ない、ゆえに子どもも遊びやすい。

 いや、遊びやすいのは大人も同じ。「思い立てば、すぐに旅立てる場所上がる。海に触れあえる場所がある」。そんな感触を求めて「海のプール」に繰り出せば、疲れ果てていたはずの頭からついいろいろなことが湧き出して、あれやこれやと語りたくもなってくる。青森から秋田へと日本海に沿って「海のプール」をはしごをすれば、「一日にして人生の季節を駆け抜けてしまった――そんな悲しみ」が迫らずにはいない。誰を誘うこともなくひとりきりで出向いてしまうのは「『海の喫茶店』のような感覚」を求めてのこと、そこは「野趣を感じられる場所でありながら、同時に『一人ぼっちではない、囲われている安心感』も得られる」。

 そうして彼は水から学ぶ、自ら学ぶ、「憂い顔で厭世的に生きる暇など大人には、と。機嫌よく生きるのは大人の義務だ、と」。

 

 ニッチなテーマをめぐって書かれた、そんなごくごく益体もないエッセイのはずだった。

 そう、2024年を迎えるまでは。

 この訪問記は、「海のプール」としては唯一の有形文化財に足を運ぶところからはじまる。自然の岩礁を活かしたそのプールは、ほんの半年ほど前、本書が出版された段階では「今も使われている海のプールとしては、日本で最古のものだろう」、そしてこの表現は既に過去形へと書き直すことを余儀なくされている。

 この鴨ヶ浦塩水プールをあの地震が直撃した。海岸線の隆起により今や干上がり、もはやその場所に「『海』にいるかのような錯覚」を抱く者は誰もいない。

www.hokkoku.co.jp

 本書はそんな失われた土地の記憶を閉じ込める。

 筆者がこの場所を訪れたのは、奇しくも夏休みの昼下がり。地元の小学生が集まってきては、高さ2メートルほどの岩場からプールに向かって飛び込んでいく。やがて物足りなくなった子どもが、さらに高い崖から外洋に向かってジャンプを試みる。

 そんな彼らに注意を促す青年がいた。聞けば休暇の帰省中、「こんなとこ、なかなかないでしょ」と幼き日の自分をおそらくはダブらせながらその光景を見ていた。

 すると男子三人が崖から飛び込む。「しょうがねえな」と言いながら、万が一のためか、衣服のまま青年もその後を追う、ライフセーバーでもないのに。間もなく彼らの無事を確かめた青年は、さらに峻厳な崖をよじ登ると、高さ6メートルはあろうかというその場所から改めて「お前たちは絶対だめだからな」と釘を刺しつつリープする。

「スローモーションのように長く思える瞬間だ。海面上に小さな水しぶきが上がると、歓声が上がる。……子どもたちは拍手で迎える。『かっけー(かっこいい)』と」。

 学校では教えてくれない、教えられないことがある。きっと青年も子どもの頃に同じような無茶をしてそれを救うべく飛び込んでくれるヒーローを見た、高くから美しい弧を描くヒーローを見た。ヒーローが次なるヒーローを作る、「こんなとこ、なかなかないでしょ」、そしてその継承は、天災をもっておそらくは途絶えた。

 一縷の望みは、語り継ぐことのなかにのみある。

 

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万歳突撃

 

 大阪の女興行師で、こんにちの吉本興業の基礎をつくった吉本せいの生涯は、山崎豊子氏が『花のれん』なる小説に仕立ててからというもの、数々の舞台化、テレビドラマ化がなされており、ひろく知られるところとなっている。そんな吉本せいの生涯を、私なりの目でもってもう一度追ってみたいと考えたのは、「女だてらに」と「女ならでは」という両面をたくみに使いこなして、大阪の演藝界を席巻してみせた偉大なるプロデューサーの内側に、冷厳なくらいの孤独の影を見たからである。

 

 この原著が出版されたのは、1987年のことだという。

 かつてはこれがノンフィクションとして広く読まれていたのだな、というそのスタイルの違いに、どうにも時の流れを感じずにはいられない。

 評‐伝という言い回しが、ある面ではひどく正鵠を射る。例えば以下のようなくだりである。

「夫の吉兵衛に急死された吉本せいの頭にあったのは、なんとしても夫の残した寄席を失うことがあってはならないということだけであった。/……せいにとって、夫の吉兵衛は、無能で、なにもしない遊び人といった評価が望ましいので、そんな夫の残してくれた寄席を手放して、吉兵衛以上に無能であるというレッテルをはられることにはたえられなかったのである。……だから、夫の死後8年間に見せた吉本せいのはたらきは、積極的なものではなく、むしろ残された寄席をなんとか維持していかなくてはといった、守りの姿勢に終始したものであった。そうした、消極的な安全策にもとづいてせいの打った手のことごとくが成功して、逆に事業を発展させていったのだから、吉本せいにはまれに見る強い運がついていたのかもしれない」。

 今日新たに書かれる伝記作品において、この文体にお目にかかれることはまずない。筆者が憶測する「なんとしても夫の残した寄席を失うことがあってはならない」というこの吉本せいの主観には、日記なり、過去の発言なり、関係者の証言なりといったソースがこれといって引用されることもない。一応、周辺人物からの雑談とも取材ともつかないコメントは取ってはいるようだが、断言調を貫き通すこのテキストの様子から窺い知る限り、この記述はあくまで筆者個人の独善的な見立てにすぎない。

 そしてこのイタコ芸では、むしろ夫の死後において事業が伸長したというファクトとの整合性がまるで取れない。「まれに見る強い運」に恵まれた彼女の取った「安全策」がなぜか拡大路線へと展開していった、とするのだが、どこがどうつながったらそうなるのか、少なくとも私のインストールする論理システムで合理的に解読することはできない。

 なんとも驚くべきは、この破綻がわずか4ページそこそこの間で発生していることである。そしてもちろん、この手の断定に由来するほつれにはテキスト全体を通じて枚挙に暇がない。

 

 そんなことを延々とあげつらっても仕方ない。もはや筆者によってもたらされたバイアスについてはさておいて、しかし改めて吉本興業黎明期のクロニクルをひもとくとき、今日のこの国策企業が、まるで歴史の呪縛がごとき様相を呈していることにやはり驚愕の念を禁じ得ない。

 大正から昭和へ、そんな時代の変わり目にあって、「新しく擡頭してきたサラリーマン階層が、思いきりよくこれまでの和服を脱ぎ捨てて、洋服に靴という出勤している」ように、笑いの世界にあっても、「それまでの落語に描かれている暮しと、それを語っている落語家自身の生活、さらにお金を払ってそれを客席できいて楽しむ階層とが、風俗的にまったく同じ平面にあった時代は音たてて崩れ」はじめていた。

 そうして落語の玉座を瞬く間に射止めてみせたのが、万歳だった。万歳と書いてまんざいと読む。あくまで寄席の色物にすぎなかったこの脇役が、新たな時代の大衆を前に、一躍時代の寵児へと躍り出た。わけても、「張扇を手にした太夫が、才蔵の頭をぴしゃりとたたくのが流行した。……しかも、この『なぐり漫才』だが、人気が高まるにつれエスカレートする一方で、はじめのうちは芯に骨のない張扇を用いていたのに、骨のはいった張扇になり、ついには拍子木で相手の頭をなぐるまでに至った」。

 いじめがいじりと呼び換えられて、拍手喝采が送られる。この体験が、昭和中期においても寸分たがわずリピートされる。

 寄席からテレビへ、そんなメディア空間の変遷が漫才ブームを呼び起こしたのは、必然だった。見栄えのしないおっさんがひとり座布団に腰かけて話を聞かせる、茶の間でながら見している視聴者にとってこの動きの乏しさはいかにも致命的だった。かつてエンタツアチャコの漫才に同時代のラジオリスナーが「自分たちが職場や、電車のなかや、会社帰りの一杯のみ屋で交す言葉と少しも変らない」ものを見たように、確固たる名人芸よりも漫才師のフリースタイルにこそ、人々は吸い寄せられていった。桂米朝のたおやかな船場ことばよりも、ブロークンで下衆で粗雑な吉本弁を大衆は紛れもなく選び取った。

 その頂にダウンタウンが君臨する、しかしこの現象を吉本せいの呪縛と呼ぶにはあたらない。時流が「女太閤」をつくる、「女太閤」が時流をつくることはない。いつの世も同じ、ポピュリズムの選好原理がここにおいても正常に作動したというにすぎないのだから。

 クズなのに支持されるのではない、クズだから支持されるのだ。

 狂気とはすなわち、同じ行動を繰り返しながら、ただし別なる結果を望むこと。そう、彼らはこれまでも、これからも、同じ道をたどり続ける。

 

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さよならプラスティックワールド

 

「元気が欲しい」。

 職場の保険代理店でも風采は上がらない、自宅に帰っても乳飲み子を抱えた妻に責め苛まれる、これといった趣味があるでもなければ、そうした愚痴をこぼせる友人のひとりもいない、体質的にアルコールも受けつけない。そう、「自分」こと藤原祐輔には何もなかった。

 そんな彼には、辛うじての慰めがあった。通勤の車内で出会う名も知らぬ「彼女」の存在だった。週に2度、混雑する車両で制服姿の「彼女」の傍らをかすめる。「彼女からはいい匂いがした。咲きたての花のような、青みがかった甘い匂い。彼女からの元気を身体に取り入れると心がなだめられ、ごく稀にぼんやりとした熱を足の付け根に熾しもさせられる。/……自分の方が先に降りる。その時に彼女の横を通り、少しだけ元気をわけてもらう」。

 その日の彼は、とりわけ「元気」を必要としていた。大胆にも「彼女」の真後ろに立ち、マスクから鼻を出して息を吸う。「元気の源が肺一杯に広がる。さらに吸う。元気をもらっている、いや、もらってなんていない。ただ空気を吸っているだけ」。ふと電車が揺れて、前がけのリュックの肩ひもを握った彼の手に、バランスを崩した「彼女」の背中が限りなく接近する。彼は思う、「ちょっとだけでいい、確認したいだけ。……硬いのかどうか、知りたいだけ」。

 そうして右手を背中に伸ばしたその刹那、それを咎める別の手があった。「男」の手だった。かつてあの「彼女」の姿をスマホで盗み撮りしていたその「男」は言った。

「触ったら、ガチでアウトです」。

 

 序盤、「狭間の者たちへ」を読みながら、いかにも腑に落ちないことがあった。

 いわば本書は典型的な弱者男性の肖像を映し出す。その彼が、嗅覚という仕方で女性を消費することを厭わないその彼が、ネットだろうがDVDだろうが、どうしてセックス・ポルノの性的搾取に食指を動かさずにいられるのだろうか、と。あるいは、妻をはじめとする周囲に対して女尊男卑の風潮を読み解かずにはいられない被害者意識全開の彼は、その憂さを晴らすべく、例えばSNS上にミソジニーの同士を発見することに躍起になるだろうし、愛国保守ポルノ、陰謀論ポルノにも必ずやのめり込まずにはいられないことだろう。鬱屈の発散に効果覿面なのは、過剰に糖分を摂取して血流を位に集中させて脳の働きを鈍化させること、そうしたジャンク・フード・ポルノを貪るシーン、もしくはテレビやYouTubeで他人のそのさまを漁るシーンも表れてはこない。

 自然主義としてこの小説を読み解くならば、類型的セグメントにほぼ共通するだろうこれらテンプレ行動のことごとくが書き込まれないのは、いささか不可解としか思えなかった。

 

 しかしあくまでフィクション空間における出来事として落とし込めば、この小説は非常に一貫した構造を持っている。鍵はすなわち、彼にとってのメフィストフェレスタイラー・ダーデンを割り振られた「男」の存在にある。まるで合わせ鏡のようなもうひとりの自分である「男」が担うのは専ら視覚、それは単に盗撮するにとどまらず、「彼女」が身につけるアイテムから推しを特定してSNS上のフレンドにすらなってしまう。

 もっとも、この作品内での「男」の機能は事実上ここで終わる。藤原祐輔という「自分」が、見る‐見られるという非対称性の当事者適格を剥ぎ取られた存在であることが「男」を通じて定義されてしまいさえすれば、「男」は既に用済みとなる。

 遡ること半世紀、見田宗介永山則夫をめぐる論考を放ち、そして物議を醸す。社会学者がこの死刑囚に見たのは「まなざしの地獄」だった。地方出身者、極貧、低学歴……そうしたレッテルが幾重にも貼られる一方で、都市における彼は安価な使い捨て労働力という以上のアイデンティティを決して与えられることがなかった。無数の「まなざし」が永山を値踏みしていく、しかし、そうした「まなざし」に日々傷つけられていく彼の内面を人々は決して「まなざ」そうとはしなかった。彼が社会から発見されるには連続殺人を待たねばならなかった。

「狭間の者たちへ」における藤原のありようが、どこか永山に重なる。例えば氷河期アラフォーにとって「あっただけましだった」最初の就職先からしてそうだった。入社早々瞬く間に「些細なことだが、求められた水準で応えられないことが積み重なり、出来ない人のアイコンと化した」。一度「出来ない人」という「まなざし」を獲得してしまえば、「同僚と同じように働いていたとしても不出来と見做される」。学生時代の記憶として蘇るのは専ら陰湿ないじめ、そもそもからして彼は「出来ない人」だったのかもしれない、いやもしかしたら、「出来ない人」との「まなざし」が他のポジティヴな思い出の一切を可塑的に封じてしまったのかもしれない。転職した保険代理店でも支店長を任されてはいるものの、成績は一向に振るわない、社員やパートからも「出来ない人」扱いされていることはひしひしと感じている。

 しかし彼がこの「まなざしの地獄」と同時に陥っているのは、「まなざし」を受けることすらできないというその地獄でもある。家に戻れば妻から浴びせられるのは罵声だけではない、時に「凍ったアラビアータを頭の上に振り上げ、力いっぱい振り下ろしてきた」、そんな暴行に苛まれる日々を生きながら、まさか誰に打ち明けることもできない、挙げ句に少しでも身を守るための抵抗をすればめでたくDV夫の完成である。「卑怯だ。弱者のふりはもう通用しない」、そんな彼の苦悩を「まなざ」す者は誰ひとりとしていない。職場では年下のエリアマネージャーからのパワハラを受ける、しかしその叱責を「まなざ」す同僚の影はない、彼は嘆く、「撮影してもらえるだけましやないか」と、「まなざ」してもらえるだけましやないかと。

「まなざ」す‐「まなざ」される、この主客関係にすら入ることのできない彼を、小説の文体が何より象徴している。終始、一人称と思しき視座から描き出されるにもかかわらず、彼の一連の行動はほぼ主語を持たない。書き出しからしてそうなっている。「背中で電車の扉が閉まった。大阪の最南部から都会へと向かう車内の座席は全て埋まっており、入って来た扉に向き合った。リュックを身体の前に抱え直してから、スーツのジャケットも一緒に引っ張らないように注意してウィンドブレーカーを脱ぐ」――ここには行為の主体を示す呼称が一向に現れて来ない。時たま「自分」という主語が観察こそされるものの、使用は極めて抑制的である。

 何もかもが強いられた息苦しい存在としての「自分」を永山と同じ「まなざしの地獄」に落とし込むのは、極めて容易な作業である。弱者男性。彼はこの四字熟語をもってたいていの説明が完了してしまうキャラでしかなく、しかし、彼はそうあることすら気づかれていない、「まなざし」にさらされることすらない、おそらくは現実の当事者がそうあるように。

 

 その中で、「彼女」から漂うあの匂い、実家で嗅ぐ「味噌汁と炊きたての米のにおい」、かつて愛した「あーちゃん」のまとう「色の濃い花が発する、熟した甘い匂い」、嗅覚だけをよすがに辛うじて「自分」はその主体性を、「元気」を起動させる。

 もっとも巧みにも、実際のところは、彼はとっくにそのスイッチすらも奪われている。不妊治療の最中、因果関係はともかくも、精子の不活発という事実を盾に彼は妻から禁煙を命じられた。「家の中で吸わなくなったが、朝に電車に乗る前に近くのコンビニで、昼と夜はショッピングモールの喫煙所で吸った。どんなににおいを消しても妻は察知し、その度に『私がどれだけ頑張っているか』を泣き叫んだ」。このフレーヴァーを差し出した段階で、逆説的にも彼の去勢は前もって済んでいた。

 

 しかしその透明な存在としての「自分」がついに「まなざし」のスポットライトに立つ瞬間が訪れる。それはつまり、あの「彼女」からついに「気持ち悪いっ!」と告発されることで。

「全員の視線がこっちを向いている。身体の表面が視線で形作られていく。自分を見ているようで、見ていない」。

 ならず者として指差されることでしか彼は「まなざし」を獲得することができない。そして、痴漢のような、ストーカーのような何かとして彼への「まなざし」は叫びとともにたちまちにして固定される。彼が背負わされるバックグラウンドになど誰ひとり思いを馳せようとはしない。一様に、彼のことを「見ているようで、見ていない」。

 罪を犯すことでしか世間からの「まなざし」を得ることができない、それは例えば「宗教二世」が暗殺を遂げることをもってはじめて存在を認知されたように。とはいえ、誰も彼も「見ているようで、見ていな」かった、だから新しい炎上案件が発生すれば、たちまちにしてそんなニュースは忘れ去られる。人の噂も七十五日などと言っていられたのも遠い昔、今やせいぜいが75分、いや75秒、もしかしたら7.5秒で「まなざし」の賞味期限は過ぎていく。

「電車が動き始めた。会社に遅れる。行けない、行かなくてもいい。頭が自然と下がる。家族へのメールを考えなくてもいい、成績のことを考えなくてもいい、彼女の匂いを嗅がなくてもいい、子供を作らなくてもいい。膝が折れ、鼻先がコンクリートにつく」。

 orzと崩れ落ちて何者でもなくなった彼に、この瞬間、カタルシスすら覚えてしまうのは気のせいか。そのさまは、ドストエフスキー罪と罰』のあのキス・シーンを彷彿とさせずにいない。もちろんそこにソーニャはいない。

「まなざしの地獄」と「まなざし」なき「地獄」が共存する、見田宗介のその先を、この小説は見事に映し出してみせる。

 

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