2021-01-01から1年間の記事一覧

ラストナイト・イン・サヴィル・ロウ

誰がメンズファッションをつくったのか? 英国男性服飾史 作者:ニック・コーン DU BOOKS Amazon 本文に入る前に、これがなんの本で、なんの本じゃないのかを説明しておく必要があるだろう。 なんの本かというといたって簡単な話で、英国男性のファッションと…

エピファネイア

江戸東京の聖地を歩く (ちくま新書1244) 作者:岡本 亮輔 筑摩書房 Amazon 本書では、聖地を物語によって他とは社会的に区別された場所と定義する。たいていの聖地には、そこで神仏が顕れた、奇跡が起きたといった物語がつきまとう。そして、その物語を真実だ…

死神

圓生の録音室 (ちくま文庫) 作者:京須 偕充 筑摩書房 Amazon 六代目三遊亭圓生宅を初めて訪ねたのは、昭和四十八年四月十二日のことである。 それはレコーディングのプランをたずさえての訪問だった。 圓生さんのレコード。それも、すでに圓生さんがいくつか…

「ミュンヘンは輝いていた」

闘う文豪とナチス・ドイツ - トーマス・マンの亡命日記 (中公新書) 作者:池内 紀 中央公論新社 Amazon ちいさな本だが、これが生まれるまでに、ちょっとした経緯があった。『トーマス・マン日記』全十巻の訳業が、二十年余を要して九巻目まできたときだった…

バニシング・ポイント

サブリナとコリーナ (新潮クレスト・ブックス) 作者:ファハルド=アンスタイン,カリ 新潮社 Amazon この短編集の舞台は決まってコロラド州デンバー、主人公はヒスパニック。略歴を見る限り、筆者の属性と一致する、ただし私小説の趣がこれといって見えるでも…

文字の教訓

岡本太郎の見た日本 (岩波現代文庫) 作者:赤坂 憲雄 岩波書店 Amazon ここではひとまず、芸術家としての太郎はカッコにくくる。わたしがひたすら執着を覚えてきたのは、思想家としての太郎であり、とりわけ「日本」について物語する太郎であったからだ。その…

この国のかたち

ローカルバスの終点へ (河出文庫) 作者:宮脇俊三 河出書房新社 Amazon 鉄道に乗るのが好きで、旅といえば、もっぱら鉄道を愛用してきたけれど、山奥の集落や岬の果ての漁港まで通じる鉄道は少ない。たいていは、その手前の町で終着となってしまう。鉄道を敷…

小さなことからこつこつと

医師は最善を尽くしているか――医療現場の常識を変えた11のエピソード 作者:アトゥール・ガワンデ みすず書房 Amazon この本は医療におけるパフォーマンスについての本である。もし、あなたが医師であるならば、医師の仕事とは微妙な症例に正確な診断をつけた…

ボーっと生きてんじゃねえよ!

紅白歌合戦と日本人 (筑摩選書) 作者:太田 省一 筑摩書房 Amazon 結論を先に言ってしまおう。私たち日本人が60年以上にわたって「紅白」を見続けてきたのは、そこに〈安住の地〉を見出してきたからである。…… むろん、一口に〈安住の地〉と言っても、その形…

A Nation of Immigrants

食卓を変えた植物学者 作者:ダニエル・ストーン 築地書館 Amazon ある朝、机に向かって『ナショナル・ジオグラフィック』誌に寄稿する記事のためのリサーチをしていたとき、一般的な農作物が最初に人間の手で工作されたのがどこだったかを示す地図をたまたま…

理不尽を許さない

1945年のクリスマス 日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝 (朝日文庫) 作者:ベアテ・シロタ・ゴードン,平岡 磨紀子 朝日新聞出版 Amazon 私の人生のうちで最もエキサイティングだった時から50年が経ちました。 日本国憲法の草稿に「女性の権利」を書…

気もそぞろ

大洋に一粒の卵を求めて: 東大研究船、ウナギ一億年の謎に挑む (新潮文庫) 作者:塚本 勝巳 新潮社 Amazon 本当のところ、多くの研究者は「何の役に立つか」を考えて研究しているわけではありません。最初は、目の前にある不思議な現象に「あれ、なぜだろう」…

マンデラ・エフェクト

ネルソン・マンデラ: 分断を超える現実主義者 (岩波新書 新赤版 1888) 作者:堀内 隆行 岩波書店 Amazon 本書は、マンデラのハンディな評伝を目指す。今われわれは、偏狭なナショナリズムが跋扈する世界に生きている。他方マンデラは、そのような分断を超え、…

荒れ野の誘惑

カラハリが呼んでいる (ハヤカワ文庫NF) 作者:マーク・オーエンズ,ディーリア・オーエンズ,Mark Owens,Delia Owens 早川書房 Amazon 理想にもえる若い学生だった私たちは、かねてから計画していた野生動物の調査をはじめようと、誰にも頼らずにアフリカに渡…

Frozen

誰がために医師はいる――クスリとヒトの現代論 作者:松本俊彦 みすず書房 Amazon 本書は、2018年5月から2020年12月までの2年半のあいだ、月刊『みすず』誌上で3カ月に1回という比較的ゆっくりしたペースで連載した文章に、1章分の書き下ろしを加えて、本にま…

富久

志ん生のいる風景 (河出文庫) 作者:誠一, 矢野 河出書房新社 Amazon もう、実際の高座を離れてからかなりの時間がたっていて、若い落語ファンのあいだでは、「幻の落語家」などといわれていたのだが、僕にとって志ん生は、いつも現役の落語家であった。だか…

地獄に落ちるわよ

東京復興ならず-文化首都構想の挫折と戦後日本 (中公新書 2649) 作者:吉見 俊哉 中央公論新社 Amazon 歴史的に「復興」の語は、アルカイックなものの復活という観念と結びついてきた。それは古代の復興、失われた伝統や様式の復興、すっかり衰えてしまった家…

decency

ジョージ・オーウェル――「人間らしさ」への讃歌 (岩波新書) 作者:川端 康雄 岩波書店 Amazon 私がこれを書いているいま、新型コロナウイルス感染症の世界的流行により、感染抑止のためのやむをえぬ手段としての、個人の日常的行動の束縛と監視、私権制限、プ…

ビッグボス

滝田樗陰 - 『中央公論』名編集者の生涯 (中公文庫) 作者:杉森久英 著 中央公論新社 Amazon 中央公論社は昨年、創業八十周年を迎えるに当たって、その社史を編纂することを、私に委嘱した。…… この本の中で、私がもっとも力を入れて書いたのは、滝田樗陰に関…

「良心に背く出版は、殺されてもせぬ事」

鬼才 伝説の編集人 齋藤十一 作者:森 功 幻冬舎 Amazon 「新潮社の天皇」「昭和の滝田樗陰」「出版界の巨人」「伝説の編集者」――。 齋藤には、たいそう仰々しい異称がある。数多くの作家を世に送り出し、戦後の新潮社を形づくってきた。斯界では知らぬ者がい…

「他の人のことは考えないで下さい」

従順さのどこがいけないのか (ちくまプリマー新書) 作者:将基面 貴巳 筑摩書房 Amazon 若い読者のみなさんにとって、「政治」はあまり身近な事柄ではないとお考えではないでしょうか。 国会議事堂や霞が関で、一部の「偉い」大人たちが行うことであって、み…

あなたが私を竹槍で突き殺す前に

「帰ってきたウルトラマン」の復活 作者:白石 雅彦 双葉社 Amazon 『帰ってきたウルトラマン』は、郷秀樹という一人の青年の成長を通して、ウルトラマンの世界を描こうとした意欲作だった。(中略) 『ウルトラマン』『ウルトラセブン』は、近未来を舞台とし…

アンビリーバブル

さよならテレビ (平凡社新書0976) 作者:阿武野 勝彦 平凡社 Amazon 理想より現実、過程より結果。内容より視聴率。これでは、もはや詐欺師に近いような情報商人に落ちていく。しかし、金があれば誰かに作らせることができると思い込んできた組織に、心のこも…

変えよう。

それでも選挙に行く理由 作者:アダム・プシェヴォスキ 白水社 Amazon よく考えてみると、選挙は不思議なものである。典型的な選挙では、有権者の約半数は敗れた候補に投票している。過半数の得票を得て当選する大統領はめったにおらず、また多党制のもとでの…

岸田ビジョン

不死蝶 岸田森 (ワイズ出版映画文庫) ワイズ出版 Amazon 独特の眼差し、声、佇まい――亡くなられて20年近くの時が経過している今もなお〔原著の出版は2000年〕、ひっそりと人々を魅了し続ける、そして自分たちがここまで惹かれてしまう、表現するにはとても言…

アノミー的他殺

つけびの村 作者:高橋ユキ 晶文社 Amazon いま、普通の“事件ノンフィクション”には、一種の定型が出来上がってしまったように感じている。犯人の生い立ちにはじまり、事件を起こすに至った経緯、周辺人物や、被害者遺族、そして犯人への取材を経て、著者が自…

戦争は女の顔をしていない

非国民な女たち-戦時下のパーマとモンペ (中公選書) 作者:飯田 未希 中央公論新社 Amazon 戦時期の女性たちの典型的なイメージは、まっすぐな髪を後ろで束ね、モンペをはいた姿だろう。パーマネントが「禁止」され、モンペが「強制」されたということは、戦…

また逢う日まで

筒美京平 大ヒットメーカーの秘密 (文春新書 1325) 作者:近田 春夫 文藝春秋 Amazon 京平さんに初めてお目にかかったのは昭和51年だったから、かれこれもう45年も前の話になる。つくづく時の経つのは早いものだ。 亡くなられたのは去年の秋である。考えてみ…

おみやさん

真夜中の北京 作者:ポール フレンチ エンジンルーム Amazon 1937年1月、日本軍の侵攻により陥落直前の北京は狐狸塔にて、女性の惨殺死体が発見される。 少女は溝にそって、頭を西に、脚を東に向けて横たわっていた。タータンチェックのスカートと血だらけの…

怪人二十面相

占領下のエンタテイナー: 日系カナダ人俳優&歌手・中村哲が生きた時代 作者:優, 寺島 草思社 Amazon 哲がきわめて異色だったのは、歌手でありMCでもあったということだけではなかった。実は哲は、一部のコアな映画ファンの間で《東宝特撮映画でおなじみの顔…