Out of the Park

 

アストロボール 世界一を成し遂げた新たな戦術
 

 

 アストロズの首脳陣は抜群に頭が切れると評判の人たちで、かつてはセントルイス・カージナルスのスカウト部門を率いて輝かしい成功を収めたこともあった。けれども、ヒューストンでの彼らは、来るシーズンも来るシーズンも負け続けるばかりで、ついには野球界に限らずスポーツ界全体での物笑いの種だと揶揄されるまでになっていたのだ。1年近い交渉の後、球団は2014年のドラフト会議の1巡目からホームでのロサンゼルス・エンゼルスとの3連戦までの間、組織内部に自由にアクセスしてもいいという、前例のない許可を私に与えてくれた。

 彼らには何らかの計画があるに違いない。私はそれを見つけ出したいと思った。

 そこで私が見つけたことは、いろいろな意味で驚くべき事実だった。

 

 そのスイッチヒッターは「自らのバットスイングに執着し、2種類のスイングを維持しながら完成の域にまで高めようとするうちに、ロイヤルズのビデオ室に入りびたり始め、自分の打席の映像を見ては、欠陥の兆候がないか、効率の悪いところはないか探すようになった」。やがて彼の「視線は投手の方に向き始める。何度も繰り返し見ているうちに、投手の癖を見分けられるようになり、それを利用できるのではないかということに気づいた。なかでも投手がうっかり漏らす球種や球筋のヒントを見抜くことが得意になった。投手がある球種を投げる前に別の球種の時と違う動きを見せるか、またはあるコースを狙って投げる前に別のコースを狙う時と違う動きを見せるかが、わかるようになったのだ」。

 彼はこの秘儀を惜しみなく同僚に伝授した。そればかりではない。プエルトリコ出身、ヒスパニックの彼は「アメリカ人の選手とラテンアメリカ系の選手の間にどうしても存在する溝を埋めることに精力を注いだ。……二つの言語があって当たり前の環境を作りたかった」。

 かくして本書が訴える「チームの和」を体現するこのプレイヤー、その名をカルロス・ベルトランと言う。サイン解読の首謀者と名指された、あの選手である。

 

 3年連続で100敗を喫した弱小集団が、そこからわずか4年でワールドシリーズを掴み取る、Astrosの奇跡は一転、Trashtrosスキャンダルとして後世に語り継がれることを余儀なくされた。今となっては、本書の記述、というよりもチームの成功を額面通りに受け取る者は誰もいない。

 さりとて、チーティングを論拠に彼らの物語は全否定されねばならないのだろうか。

 プエルトリコの片隅から時に「24/7」と揶揄されるほどのワーカホリックをもって全米ドラフト1位を掴み取り、ポストA-ロッドと目される地位にまで駆け上がったカルロス・コレアの血と汗は果たしてフェイクなのだろうか。吃音症持ちのジョージ・スプリンガーにとって、フィールド上での課題の修正など、「食事をオーダーするたびに克服しなければならなかった困難とは比べものにならないほど簡単な話だった」、そんな彼の「成長マインドセット」までもが嘲笑を浴びせられねばならないのだろうか。「バットの芯に当てて強い打球を飛ばせる球に、すなわち相手に大きなダメージを与えられる球に絞ってスイングしたらどうだろうか」、身長170センチに満たないホセ・アルトゥーベのスタッツを電子機器はすべて説明してくれるのだろうか。「年俸が安くて若い才能の持ち主の3選手がメジャーに昇格してフリーエージェントになるまでの18年分を差し出し、代わりに高額年俸のベテラン投手の2年分を手にする」、ホームタウンがハリケーンに襲われる最中、ジャスティン・ヴァーランダー獲得にあたってあえて自らのポリシーを曲げた、時のGMジェフ・ルーノーの「直観gut」さえもがチーターの一語で片付けられねばならないのだろうか。

マネーボール』のその先で、「数値化できないからといって、存在しないという意味にはならない」、いかなる醜聞をもってしても、この『アストロボール』の輝きをかき消すことなど決してできない。