薔薇の奇跡

 

新橋アンダーグラウンド

新橋アンダーグラウンド

 

 

 西銀座から新橋に伸びる人外魔境のようなガード下の半地下通路はどのようにしてできたのか。

 駅前のSL広場でサラリーマンがインタビューに応じる光景はいつからあるのか。

 ニュー新橋ビル二階であちこちから手招きする妖艶な中国女性たちの素顔とは。

 新橋にはなぜラブホテルがないのか。

 激安レンタルルームで男女はいったい何をおこなっているのか。

 昭和のスパゲティ、ナポリタンはいかにして新橋名物となったのか。

  ……と、各章の見出しをそのまま焼き直したようなトピックの抜粋をくどくどしくプロローグから引き写した続けたところで、それは実のところ、本書の核心をほぼ何ら反映しない。テキストの行間からこらえ難く何かが時に滲み出る。「人間の」、とは言わないまでも、新橋をさまよう筆者の「奥底に潜むものをいぶり出す生々し」さが文体から滴り落ちる。

 

 典型的には「2014329日に開通した虎ノ門から新橋に至る全長1.4キロメートル区間が開通し」(p.318)という具合、全編通じて推敲不足、ヘタウマですらない、誰の目にも文章力の低さは明白。「新橋一帯はB29による空襲で、壊滅的な被害を受けた」(p.39)、「東京下町を中心にB29三百機が焼夷弾を投下し、二時間足らずで日本人十万人が焼き殺される大悲劇が起きた」(p.40)を筆頭に、ページを置かずに情報が重複することもザラ、構成はおよそ技巧を欠く。ニュー新橋ビルについて資料に当たる途上、たまさか出くわしたフィボナッチ数列を何で調べたといってNAVERまとめサイト、教養の程が知れようというもの。

 でも、これでいいのだ、これだからいいのだ。所詮、冷徹な観察力と明晰な文体の持ち主では、朝堂院大覚や真樹日佐夫らの大言壮語に寄り添うことなどできない、風俗店や交際クラブの体験記を堂々綴ることなどできない、こんな本を著すことなど決してできやしないのだから。

 いみじくも「創作は弱点が長所に転じるときだってある」。

 

 そして、その下賤な眼差しは新橋の何を捉えたのか。

「働き盛りの20代、30代サラリーマンにとって、650円で超大盛りのナポリタンが食べられる、まさに新橋系ナポリタンはスパゲティ界のラーメン二郎なのだ」。とある手コキ専門店にて、「レンタルルーム代1000円、指名料1000円、20分コース2000円。ここまでで合計4000円。オプションで顔以外の写真撮影三枚(1000円を追加)。合計5000円。……日本経済はこと風俗においては間違いなくデフレの真っ只中にあった」。新橋名物、通称靴磨きばあちゃんに話を聞く、「こんな年で(お金を)余計に取ってもしょうがないから、あたしずっと500円にしてるんです」、にもかかわらず、「なかには乱暴な人もいますよ。いまだって靴磨き代500円、いい歳して500円払うのが嫌だから、タダで磨いてくれって言ってくるの」。「お会計をサラリーマンに投げつける当たり屋系女子がいますからね、気をつけてください。『一緒に飲みましょう』とか言ってサラリーマンに払わせる」、ただしこの舞台、ボッタクリバーではなく、日本酒一合190円のセンベロ。

 このいずれもが2017年の新橋での話、「JR、メトロ、都営地下鉄ゆりかもめなど交通の要所であり、再開発によってよりグローバル化した都市として、東京の新たな玄関口を目指す」、そんな街での話。