怪獣無法地帯

 

 我々円谷一族の末裔は、祖父[円谷英二]が作った円谷プロの経営を全うすることができませんでした。現存する円谷プロとは、役員はおろか、資本(株式)も含め、いっさいの関わりを断たれています。

 これから、約半世紀にわたる円谷プロの歩み、真実の歴史を明かそうと思います。その中には、今もウルトラマンを愛してくださる皆さんにとって、あまり知りたくないエピソードも含まれているかもしれません。

 成功と失敗、栄光と迷走を繰り返した末に、会社が他人の手に渡ってしまった背景には、一族の感情の行き違いや、経営の錯誤がありました。私も含め、どうしようもない未熟さや不器用さがあったことは否めません。

 

 テレビ局から割り振られた予算では賄いきれず、作れば作るほどに赤字を垂れ流す。その結果、1968年の段階で既にリストラの大ナタが振るわれ、150人の社員は一挙に40人にまで削減されていた。主要なターゲットは企画文芸部、つまり新作は放棄したも同然、あとは衰弱死を待つばかりの状況だった。

 窮地からの脱出は、ほんの偶然による。制作の赤字はグッズやライセンスで補填する、今となってはコンテンツ・ビジネスの半ば常識と化したこのシステムの誕生により会社は一挙にV字回復。さらなるキャッチを求めて、再び新作を送り出す体制も整えられる。

 現代においてなお崇められる円谷英二の遺産、Q、マン、セブンというドル箱を温存するだけでもこの世の春を謳歌できていたかもしれない。あるいはそのストックをつぎ込んで新たなヒーロー作りに挑むも結果、願い叶わず溶かしてしまったのだとすれば、グッド・ルーザーとしてまだ何かしらの顔向けもできたかもしれない。

 

 しかし本書が知らせるのは、半世紀もよく持ったよね、と逆に感心させられるほどの腐敗ぶり。

 閑職に追いやられていた筆者が円谷プロに復帰して間もなく、とんでもない事実が浮上する。ティガ、ダイナ、ガイアの平成三部作が実際には、マーチャンダイジングをもっても足りないほどの大赤字を計上していた。更なる衝撃は、にもかかわらず、その事実を誰一人として把握すらしていなかった。伝票も帳簿もまともに記載されず、予算管理のチェックも空洞化していた。老舗同族企業あるある、軽く調べただけで次から次へと出るわ出るわの使い込み、子飼いの茶坊主も陰に隠れて会社を食い荒らす。

 税金や銀行対応は果たしてどうなっていたのか、とむしろ興味深くすらある。

 

「しょせん下請けの中小企業」。

 この自己評価がつくづく刺さる。本来ならば昭和中期に店じまいを余儀なくされていたはずが、たまさかの鉱脈を掘り当てたことでなまじ延命できてしまったがゆえに、そしてその成功体験に固執するがゆえに、かえって哀れな醜態をさらす羽目に陥る。

 身内だけが知る円谷英二の裏話、といった側面は本書にはほぼ期待できない。幼くして亡くなった祖父に孫が言えることなど、完璧主義者の気難しい横顔といった程度のものでしかない。

 そして残るものといえば、あまりのひどさにもはや笑えるの次元をさらに一周して、ただひたすらに気の滅入るような、ダメ企業をめぐる覚書。普通ならば、こんな昭和の乱脈経営はよく持ってせいぜいがバブル崩壊をもって息の根を止められていたことだろう。それほどに、ウルトラマンは偉大だった。

 先祖の執念が生んだキラー・コンテンツをよってたかって食いつぶす、奇しくも東京五輪の開会式がそうあったように(なお一秒たりとも見ていない)。世界に向けて売れる新たなソフトなどもはや作れず、できることといえば、過去の遺産を狭いお仲間で分け合ってすり減らすことだけ。本書のグロテスクは紛れもなくポスト2020を預言する。