バニシング・ポイント

 

 この短編集の舞台は決まってコロラド州デンバー、主人公はヒスパニック。略歴を見る限り、筆者の属性と一致する、ただし私小説の趣がこれといって見えるでもない。

 時折出てくるのがいわゆるおばあちゃんの知恵、薬草を用いた民間療法の類。私の知識では気づきようもないけれども、たぶんそれは植生も異なるだろうラテン・アメリカのルーツの記憶を示唆するアイテムなのだろう、と思っていた。

 ところが訳者のあとがきに現れる筆者のことばに虚を突かれる。

「わたしたちは移民ではない、国境のほうがわたしたちの頭越しに移動したのだ」。

 読み返す。本書の景色が一変する。

 

 Coloradoという名の由来をたどれば、独特の赤を放つ土の色、スペイン語だという。

 そもそもはネイティヴ・アメリカンが住まう。大陸発見の後、あるときはフランス領ルイジアナ、そののちアメリカに買われ、フロリダとの交換でスペインに割譲、メキシコの独立に伴いその一部となり、米墨戦争をもって再びアメリカに帰属する。

 この小説集は他でもない、コロラドの大地を背に書かれなければならなかった。

 

 巻頭作「シュガーベイビーズ」。ティーン・エイジャーたちが、たまたま骨を掘り当てたところから物語ははじまる。昨日今日に遺棄された死体ではなく、はるか昔に葬られたものらしい。その発見はすぐさまニュースになり、やがて一帯は立入禁止が告げられる。主人公の「わたし」は言う。

「わたしたちの土地だよ。わたしたちの先祖でしょ」

 

 そして作品群のいずれもが移りゆくデンバーを反映する。生まれ育った地域はジェントリフィケーションによってすっかり様変わり、かつて墓地だった場所はのどかな公園になった。

 その中にあって、アップ・グレードされぬままのものがある。つまりは主人公たちの社会階級。

 表題作「サブリナとコリーナ」は、コリーナが親類のサブリナの自殺を祖母によって知らされるところからはじまる。縊死した遺体の顔に誰しもが羨んだかつての美貌の面影はない。

「黒髪が、波打つ喉元の白い円柱を縁どっている。変色は首全体に広がっていた。青っぽい部分の端が黄色っぽくなり、へこんだ声帯をぐるっと囲んでいる。内出血は鎖骨にまで至っていた。そんな状態のいちばん上には、腫れた顎がちょこなんと右に傾いて強張っている」。

 アルコールとドラッグに溺れ、どうしようもない男たちの食い物にされるナイトワーカーは、自ら死を選ぶことでこの日々に終止符を打った。美容部員のコリーナはせめてもの死に化粧で彼女を送る。

「うちの一族が失ってきたさまざまな女たちのことをわたしは思った。彼女たちが目にした恐ろしいことを、ただただ耐え忍ばなくてはならなかった行為のことを。サブリナは何世代にもわたる悲劇の列の新顔となったのだ」。

 

 主人公たちはしばしば「水対応water treatment」を食らう。

「素敵なウールワースのお店へ行くでしょ、そして自分の番が来ると、いきなり店員がレジを閉めちゃうの。それとか、コルファックスの食堂へ行くでしょ。で、グリルドチーズ・サンドイッチを注文すると、ウェイトレスが空の皿を持ってくるの」(「姉妹」より)。

 大学でのアメリカ史の授業の最中、東海岸からやって来た講師が堂々言い放つ。

「この話が明らかにしているのは、西部の明白な倫理欠如です」(「幽霊病」より)。

 身を裂くように書いただろう。ポスト・トゥルースはいかなる仕方でもこの日常を塗り替えてなどくれない。歴史の終わりなんて彼女たちには訪れてなどいない。