目黒のさんま

 

 伝統的に言って、落語が落語として出現することは少なかった。落語の多くがもろもろの先行文芸に材を求めている。つまり、落語ではない作品を、ないしは作品の一部を落語化したものが、現在我々が落語として認識するほとんどである。噺本をはじめ狂言浮世草子・随筆・滑稽本黄表紙・読本・講談・歌舞伎・昔話・外国の物語など。あるいは、昔話や噺本などには落語からの輸入もあろうが、おおむねこれらが落語の材源になっている。そして、単純に落語がいかに創られたかを書けば、原話を定め、無駄を省き、肝心なところを膨ます等して落語に仕上げてゆく。これが落語作りの基本的な姿勢であろう。ただ、これでは典拠をもとに構想を練る時代小説家と変わらない。落語作りには、ここに重要な工程がある。それは原話から落語へ篩にかける際、噺の普遍化を心がけることである。

 

『落語の種あかし』との表題を見る。多少なりとも落語をかじったものならば、例えば落語再興の祖・三遊亭圓朝が西洋古典に範を求めたことを耳にタコができるほど聞かされることになる。

 もちろん古今の文献を渉猟することでその類似性を探る作業は本書においても度々試みられるところとはなる。しかし同時に、本書はしばしばそうした研究作法の枠を超えて、「普遍化」を目指さずにはいない。例えば「芝浜」ならば「正直」というテーマに基づく系譜を探り、「三年目」に「執心」をめぐる近世の説話を遡る、というように。

 

 しかし本書にはどうにも隔靴掻痒の感を抱かずにはいられない。

「普遍化」はいい、だが他のいずれの表現形式とも異なり、数ある物語類型をいかなるフォーマットに従って仕立てあげることが落語を作るという行為なのか、というその還元作業が本書においてはついぞ目指されることがない。

 例えば「黄金餅」という噺がある。「これ以上の噺はない。そう思えて仕方がない、『黄金餅』。陰惨・奇想・凄み・滑稽・爽快」。この筆者の評に何ら異を差しはさむところはない。

 しかし単にあらすじだけを切り抜けば、貨幣をくるんだ餅を飲み込んで窒息死した生臭坊主の遺体を火葬して、取り出したその銭で餅屋を開いて繁盛し小金持ちになりましたとさ、という益体もないナンセンスなものでしかない。その骨格のみを主題化して源流をたどったところで、それは果たして「黄金餅」を語ったことになるのだろうか。

 この落語の最大の聴かせどころといえば衆目一致するところだろう、棺桶を背負い込んで下谷の山崎町を出て麻布は木蓮寺へと至るその一気呵成にこそある。昔も今もこのくだりに観客は脳内ストリート・ビューを滑らせることなどしない、その喋りが孕む心地よいビートに身を委ねる。その刹那、高座に求められているのは、何を語るかではない、どう語るかに他ならない。一連のルートの文字起こしをペーストしたところでどうなるものでもない。速記をもっては抜け落ちてしまう声がある、他のストーリー・テリングをもってはまず満たされることのない声がある、まさにこの点にこそ、落語の落語たる所以は凝縮されるのではなかろうか。

 耳から耳へと瞬時にすり抜けていく声の隙間を埋めて物語の体裁を脳裡に整える、いきおいテンプレ的な話の運び方、「普遍化」に頼ることとなる。大ネタの人物相関図が初見で把握されることなどまずない、その上で、ああ、親子の情愛か、なるほどネトラレか、成り上がりか、と客席は各々でベタに寄せることで消化する。明治の圓朝はまさか自分の高座がためつすがめつクリティークされようなどとは想像だにしない。落語の噺が細密に人間を描いているわけでは決してない、単に聴覚優位のメディア特性が最大公約数的な「普遍化」――通俗的、大衆的、固定観念的という以上の含意はそこにない――への接近を消去法的に促したに過ぎない。

 

 無二のメディア特性を取り除いた上で落語を論じる。博覧強記への敬意の一方で、本書にはどこか青魚の脂をせっせと抜き取る家臣の労苦を重ねずにはいられない。