Savage Beauty

 

 墨と筆そして水によって、白い画面にさまざまなものを浮かび上がらせる。墨にもいくつもの色調があり、水はそれにグラデーション(階調)や滲みを与え、筆は、よどみなく流麗な、また力強い線へと手の動きを伝える。この三つをどのように組み合わせ、どこを強調するかによって水墨画の多彩な表現は生まれてくる。(中略)

 それらになにか、根源的なものを感じるのだろう。絵画の究極を求めて、最後は水墨画へと向かった画家は少なくない。一方で、簡単なものならば誰でもえがける。墨を磨るのも、線を引くのも心地よく……。

 そんな水墨画について語ってみようと思うのだが、その魅力については、ことばを尽くすより見るのが早い。小さな本なので美術全集のようにはいかないが、まずは口絵をぱらぱらと眺めて頂ければ。ややこしそうなものもあるが、きれいなもの、たのしく笑いを誘うもの、そして色のついているものも。きっとお好みのタイプがあるだろう。

 

 そこにはきっと幽玄な精神世界が広がっていて――

 水墨画と聞くと、ついそんな風に身構えてしまうことがあるかもしれない、少なくとも私はそうだった。そのステレオタイプは必ずしも所以なきことではないらしい、というのも、中国文化が日本へと流れ込んだ平安から鎌倉にかけてのこの時代、事実上そのマーケットを一手に仕切っていたのが禅宗だったがために、たかが喫茶が茶道に昇華されてしまったように、どうしてもその窓口のバイアスが水墨画にも否みがたく横たわってしまう。

 しかし、冷静になってみれば、墨と筆と紙を用いたお戯れである。「『筆墨』が洗練されてゆくなかで極めて重要なのは、人々が『自由に線を引くよろこび』に気づいてゆくことだ。線の幅を変えて抑揚をつけ、穂先を返しながら自在に腕を動かしてゆく。筆をすべらせるのは心地よく、そのあとに残る線は美しい。……ちょっとやってみて頂ければ。文字を書く必要はない。ただ筆を執って、墨汁も面倒ならば水ででも、適当な紙に自由に線を引いてみる。鉛筆やボールペンでは得られないこの感覚が『筆墨の文化』のもとである」。もちろん、この文化が産声を上げた当時において、紙ひとつをとっても今とは比較にならぬ高級品に違いなく、この「よろこび」に触れることも限られた階級にのみ許された嗜みではあったことだろうが、こと現代の人間が筆を前に肩肘を張る必要もない。「よろこび」さえあればいい、まるでお絵描き大好きな子どものように。

 

 そして先人たちはファンキーにこの「自由」を謳歌していた。

 例えばジャクソン・ポロックをつい嚆矢として仰ぎがちなアクションペインティング、これしきのことは1000年以上前に既に中国では行われていた。

 王墨(王黙)なる画家の場合、「まずはしこたま酒を飲み、墨を画面に撥ぎぶちまける。そして笑ったかと思えば詩を吟じ、手足をまた筆を使って、画面にできた模様に墨を足し手を入れてゆく。そうすると、墨の淡いところ濃いところ、その織りなす模様から、山や石、雲や水が浮かび上がってきたというのである」。

 あるいは顧なる画家の「水墨ショー」では、「まずは数十枚の絹を地面に敷きつめて地面全体に画面を作り、同時に墨と絵具をたっぷり入れた容器を準備する。それが終わると、数十人に角笛を吹かせ太鼓を打たせ、一〇〇人に歓声を上げさせて、観衆の期待が盛り上がったところで、派手な錦の衣装で登場。酒を飲んで半ば酔い、絹の上を走り回って、墨をぶちまけ、色をそそいでゆく。ぐちゃくちゃになったその上に、長い布を置いて人を坐らせ引き回す。こうしてできた、わけの分からない模様に筆で墨を加えてゆくと、みるみる山や島が現れて、最後には全体が山水の景に化け、一同喝采ということになる」。

 このあたり、私はついアレクサンダー・マックイーンを想起する。


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 そして王維は一見すると風景画のその中で、季節感すらも振り切った。

「王維の絵には雪の中に芭蕉がえかいてあった。芭蕉は寒さには強いとはいえ南方のもの。『南の島に雪が降る』で、季節外れという以上にともかく合わない」。肉眼をもってその光景にお目にかかれることはない、しかし、絵として据わりがよければそれでいい。想-像をもって実像を超え「天」へと通ず。この瞬間、「その理は神に入り天意を迥得」する。

 

 そして日本に持ち込まれた後も、この「自由」は果てなく延びる。

 誰もが目にしたことのあるだろう、雪舟「慧可断臂図」。

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「こちらの衣は、ほとんどマーカーで線を引いたようで、しかも一部では線の上に線が重ねられている。『線の遊び』どころか『筆』の常識に反して」いる。「画面のなかで、もっとも薄いのが主人公のはずの達磨の体。衣の線も淡墨で周囲も暈され、足も手も縮こまる。取り巻く岩に飲み込まれ、周囲も妙に暈されて、堂々たる体が消えてゆくようだ。そんななかで顔だけが、しっかりとえがき込まれている」。

 おそらく、ヨーロッパの伝統に即して賢人像をイメージすれば、典型的にはダ・ヴィンチのこの像あたりに落ち着くのではなかろうか。less is moreをあらわすように、老境にして数多のものが抜け落ちてすべてを見通したかのごとき佇まい。

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 それに比して達磨のこの脂切った面構え、表題も事前の知識もなければ、まさかこれが後継者を選び出したそのシーンだとは誰ひとりとして思うまい。しかし何かしらの残影は確かに刻まれる、それも後ろめたさに似たようなじとっとした何か。

「改めて見れば不思議な画だ。一見したところコミカルで、いかに『奇』を好む禅宗とはいえ、寺院で用いる真摯な宗教画が、これでいいのかとさえ思われる。胡麻塩頭の慧可の、ちょっと情けない表情もおかしい。しかし笑えそうで笑えない。なんともいえない不思議な迫力。雪舟は、物語の表層を表すのではなく、本質的な『なにか』を込めようとしているようだ」。

 あえて最後にちゃぶ台を返してみる、「本質的な『なにか』」なんて知ったことではない、筆と墨と紙で楽しく遊べばそれでいい。それ以上のメッセージが本書に果たしてあるだろうか。