聖者の行進

 

 これは、幽霊に関する主張の真偽について語る本ではない。……どれだけ多くの証拠があろうと、幽霊に懐疑的な人を納得させることはできないし、懐疑論者がどれだけ多くの虚偽を暴こうと、幽霊を信じる人の目を覚まさせることはできない。〔サミュエル・〕ジョンソンが超常現象について述べたように、「あらゆる論拠が否定しようとも、信念はそれを肯定する」のだ。

 これはその代わりに、生きている人々にかかわる疑問に焦点を当てた本だ。死者とその霊に関する物語を私たちはどのように扱い、幽霊が出るとされた空間に私たちはどのように住み、その空間をどのように通過しているのだろうか? こういった疑問は、幽霊を信じていようといまいと変わらない。たとえあなたが超常現象を信じていなくても、幽霊話や幽霊の出る場所の言い伝えは、過去や亡き人と向かい合うための極めて重要で強力な手段の一つになる。結局のところ、これは場所と物語の関係についての本だ。その二つが互いにどのように依存し合い、互いをどのように活気づかせているのかを語る本なのだ。

 

 それはアメリカ発のホラー映画の半ばお約束、幽霊が出るとされる廃墟の外観を想像してみていただきたい――

ヴィクトリア朝風のファサード、長い翼棟、そして建物の中央では、時計台がにらみつけている」、なんなら仕上げにその頂で雷鳴の一発でも炸裂させて、コウモリやカラスでも飛ばしてみれば、もう完成である。

 まずはH.P.ラヴクラフトが小説化によって先鞭をつけ、そこからインスパイアされた『バットマン』シリーズのアーカムアサイラムをもって広く浸透したこのイメージの、さらなる源泉をたどればマサチューセッツはダンヴァース病院に行き着くという。

 ラグジュアリーな建築様式に示される通り、この病院もそもそもは壮大な理想に基づいて作られた。彼らが目指したのは「道徳療法」、「患者を鎖でつないで忘れてしまうのではなく、束縛を外し、病院内を好きなように歩き回ることを許すのだ。拷問され監禁される代わりに、患者は働いたり遊んだりする。道徳療法は社会復帰と狂気からの解放を約束」する。やがてカークブライト式と呼ばれる、その偉大なる実証実験の旗艦として設けられたもののひとつがこのダンヴァースだった。

 着地点を予め言えば、このユートピアは見事に頓挫する。

 当初は裕福なパトロンをターゲットに営まれていた病院にやがて歴史の転機が訪れる、すなわち、南北戦争である。PTSDといった用語もまだ見出されざるその時代、ただし戦場が彼らのマインドに何かしらの傷を与えていたことは、そして彼らが何かしらのケアを必要としていたことは、既に誰の目にも明らかだった。かくして「広々とした空間で患者に自由をたっぷり与えるはずだった建物に、いまでは患者が押し込まれ、悲惨な状況、人手不足、リソースの酷使、非人道的な扱いの下方スパイラルが引き起こされた」。

 精神病院にて遂げられた非業の死が、どうして幽霊へ向けた想像をかき立てずにいられようか。

 それどころか、ある病院に憑いて離れないのは、幽霊よりもよほど雄弁に亡き患者の無念を伝えるだろう、長きに渡り放置された遺体から漏出した脂肪によって作られた染みだった。

 そして今なお、別の仕方でこの荘厳極まる夢の跡は地元自治体に取り憑いてやまない、「どう処置するかは考えなければならないのだから。……建物内はアスベストや含鉛塗料に満ち満ちている――こうした有毒物質はまた別種の都市の幽霊で、いまでは捨てられたかつての思いつきの残骸なのだ」。 

 

 このテキストは、いみじくも副題の示す通り、紛れもなく「アメリカ史An American History」をあらわさずにはいない。

 本書のハイライトは何を措いても、ニューオリンズを舞台とした第14章「濡れた墓」に凝縮される。

 かつて奴隷売買で栄えたこの街では、今も夜な夜な幽霊ツアーが営まれている。メイン・スポットは、フレンチ・クォーターに聳えるラローリー邸。

 その伝説の始まりは、1834年に発生した火事だった。台所から起きたその火は今にも離れの奴隷小屋へと燃え移らんとしていた。救助に出向いた人々はその扉をこじ開けた瞬間、凄惨な光景を目の当たりにすることとなる。切り裂かれ、宙づりにされ、苦痛にあえぐ7人の黒人奴隷の生殺しの姿だった。

 その主犯と見なされた夫人デルフィーンは死して後、「途方もない二面性」が止めどなく誇張される運びとなる。それはまるでシーソーのように、一方では、「名士を豪華な食事でもてなし、機知のきらめきで客を魅了」しながらも、扉の向こうでは一転、内に秘めたる「悪魔の魂」を奴隷へと差し向けずにはいない。語り継がれるところでは、ある者の「目はえぐり出され、爪は根こそぎはがされて」、またある者の「頭蓋骨には穴が開いており、木の枝を挿入して脳味噌をかき回されていた」。

 このインフレーションがいかにして消費されたか。やがて彼女は「奴隷制度の象徴的な存在ではなく、その反対になってしまった。つまり、ほかからかけ離れた例外だ」。極端に過ぎるサンプルを持ち出すことで他の問題を矮小化する、歴史修正主義ポルノがここに作動する。醜悪な点ばかりがことさら強調されるけれども、実際の奴隷制度がこれ一色だったわけではない、ナチス・ドイツには評価すべき点もある、植民地政策はよいことだってもたらしたetc...

 これでもまだ足らぬとダーク・ツーリズム素材に飢え乾く商魂たくましきこの都市に2005年、次なる僥倖が舞い降りる。ハリケーンカトリーナである。「幽霊話は、善かれ悪しかれ、都市がみずからをどう理解しているかを示している。つまり、どのように過去の悲劇を語り、未来に向けた戒めの物語を作り上げるかということだ」。

 その試金石が、ヴェラ・スミスだった。カトリーナの最中に街に出た彼女は、ひき逃げによるものか、いずれにせよ路上にて命を落とす。未曽有の災害を前に自治体のシステムはフリーズを起こしていた。シートを被されたきり野ざらしで放置され、遺体の腐敗は進行した。やがて彼女の「死はカトリーナの恐怖を象徴するようになり、地元のある商店主は『人々がひそかに耐え忍んでいる苦しみの象徴』と呼んだ」。その無念が幽霊となって街に憑く。

 それから数年、奇しくも遺体が横たわっていたその角地に一軒のハンバーガー・ショップが起業する。もっとも「開店は、順調にいかなかった。新品の肉挽き機は動かなくなるし、水道管はなぜか壊れるし、ほかにも奇妙な災難が店を悩ませた」。オーナーたちはヴェラの呪いによるものと公表、その霊を鎮めるべく店舗には彼女を偲ぶモニュメントが付設された。少なくとも生前の彼女の知人たちにショップの存在を認知させる効果はあっただろう、あるいはローカル・ニュースとしても取り上げられただろう。それはよくある広告戦略、「ニューオリンズが昔からずっとやってきたことで、絶えず生まれ変わりながらもどうにか変わらずにいる都市が、神話作りの次の段階へ進んだだけなのかもしれない」。