オール怪獣大進撃

 

 問題はこのような人気の街[吉祥寺]で店を始めようとする場合、高い保証金を払って店舗を借りなければならないということだ。

 よって若者は商店街や住宅地で取り壊し寸前の家屋や老朽ビルを探し回る。コレクションさながらに、世界各地で見つけてきた服や、雑貨を売る小規模店の多くは、老朽戸建てや自宅の一部を改装するなどした店舗で、おうちショップを開き固定客を掴んでいる。……

 私も気負わずイギリスで見つけたものを、商店街の片隅で販売してみたい。イギリスのカントリーサイドや村々には、辣腕のバイヤーも探し出せない素晴らしい品々が眠っている。それらを思い浮かべるたび、きっと吉祥寺でうけるはずだと、ロンドン拠点づくりの最中も構想はムクムク膨らんでいった。

 家余り日本、デフレ日本で素晴らしい老朽物件はこの街にもまだまだ眠っているはずだ。ひょっとしたら、車1台分くらいの価格で老朽家屋が見つかるかもしれない。

 体力、気力がある50代のうちに、長引く不況の追い風を受けて、人生後半の舞台、「おうちショップ」をつくるのだと密かに決意した。

 

 システムキッチン、台所周りのフローリングや壁紙などの総取り換えで100万超。

 浴室、水回りもリニューアルして、さらに100万ドーン。

 ここのところ、築20年を回った実家メンテナンスの見積もりを景気よく浴びせられている私――まあ払うのは母だし、どうせじきに通貨価値など底が抜けるし――、一戸建てのフルリフォームでご予算350万円と聞いて、本書に思わず唖然とする。原著が上梓されたのが2011年、資材コストも今日に比べれば低く収まっていたりはするのだろうが、それにしても破格の爆安プライスである。

 筆者自身の一貫した自画像としては、知恵と工夫を働かせさえすれば、これだけ手軽に素敵なリノベーションが実現できますよ、というモデルケースを提示しているつもりなのだろうが、意識高い系に固有のその浅はかなからくりは間もなく暴かれる。

 つまりは、他から即座に断られるような案件を自転車操業がほぼ行き詰まった工務店が目先の金欲しさにホイホイと飛びついてはみたものの、計画性などもとより想定しないから工程表はほどなくバースト。しかもお客様は金は出さんが口は出すの真正クズ、モンスター・クレーマーと来ている。どっちもどっちの醜い修羅場、人の不幸は蜜の味、薄っぺらなイギリスかぶれのいけすかなさという調味料も絶妙に作用して、これほどまでに腹を抱えて大笑いできるテキストにもそうそう巡り合うことはない。

 

 この鈍感力、すごいよな、と筆者への呆れはやがて怒りへと変わる。

 奇しくも同じタイミングで近所を手がけていた大工がぽろっと漏らしたという。

1000万円くらいかかってるんだろーなぁ」

 筆者はそれを聞いて内心愕然とする。

「彼らはプロなのに、少ない費用だからこそ創意工夫を凝らした独創的なリフォームができるとは考えられないとはガックリだ」。

 なるほど、ガックリする自由は誰にでもある。張りぼての安普請を理想の城と強弁する自由もある。しかし、原価の裏など知り尽くした同業者から見て推定1000万円の仕事の対価に350万円という手前勝手な予算上限を押しつけているだけであることにすら気づけない己の頭の悪さを肯定する自由、一度引き受けたのだからとパワハラかます自由はない。

 100円ショップで売られている商品が所詮は100円でも利益を見込める代物でしかないのと同じこと、「独創性」などというみすぼらしいサルの戯言で埋められるようなギャップなど地上にはひとつとして存在しない。

 このテキストは一切合切がこの調子で進んでいく。

 筆者が「創意工夫」の一例として紹介するもののひとつが照明である。「数千円で購入できるレプリカものは本物よりはるかに安いうえ、ほのかな明かりのニュアンスによって室内に陰影が生まれ、古い家の良さが引き出される」。

 できるものなら少しでも安く済ませたいと思うのは人情というもの、しかしその代償として「本物」が駆逐されて、スケイプが安っぽく朽ちていくことは引き受けなければならない。

 この潮流は住みたい街ナンバー・ワンをも襲った。個人商店の主のこだわりによって彩られていた吉祥寺が、やがてファストの荒波にさらわれて景色を一変させる。セレクトショップユニクロに、喫茶店はスタバに、金物屋はドンキに、瞬く間に飲み込まれていった。いかにも文化分かってますな口調で、筆者は嘆き節をひたすらに並べてやまないのだが、いやいや、こうしたトレンドを促したのは紛れもなく、構造不況や単に知的貧困に基づく買い叩きや買い渋りを「創意工夫」と宣い散らした筆者を典型とするマスだろう、と。「レプリカ」をもって「本物」を排除してドヤ顔をかます人間が「本物」のよさを訴えるって、皮肉が効きすぎていて、笑止千万にも程がある。

 水は低きへ流れる、とめどなく。

 

 リフォームもいよいよ大詰め、のはずなのに、電気工事に必要な照明がいつになっても現場に届かない。筆者はすぐさま工務店の担当者の専務を問い詰める。彼が細々とした声で応えて曰く、「納期がずれて今晩になったんです」。

 そんなことばは信用できない、と筆者は深夜に専務の車をチェイスして、その受け渡し現場に同行することに決める。車は郊外の畑をかいくぐり林をかき分け細々とした路地を突き進む。こんなところにあるはずがない、騙された、と誰しもが思ったその刹那、問屋の倉庫へとたどり着き、トラックの荷台を見れば確かにそこには無防備にも筆者の名前の書かれた段ボールがあった。

 カスタマー・ハラスメントの限りを尽くす筆者がたまさかとらえた迫真のドキュメンタリー、これが問屋と業者のリアル、日本の建設業のリアル。

 明らかにキャパシティを超えた仕事を背負わされ、過労死ラインなどとうに振り切って、夜も遅くに車を出して資材を受け取り、それほどまでに身を削っても得られる金額は雀の涙。しかも、つけ回す顧客サイドは己のブラック性についぞ気づく素振りを見せない。

 あまりにひどすぎ、惨めすぎ、怒りはやがて笑いに変わる。

 

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