ターミネーター

 

 過去のSF 作品を読み解くことで感じている2つのことがある。テクノロジーがどこから広まるか、とインフラの重要性だ。

 SF作品が一般的になったのは大正から昭和の時代だろう。……このころ、最先端のテクノロジーは軍事関連の研究現場で作られていた。コンピューター技術が発展したのも、宇宙開発が発展したのも、その背景にはミサイルの弾道計算が関係している。今、世界中で使われているインターネットも、もともとは「核攻撃により分断されても活動しつづけるネットワーク」として冷戦時代に米軍で発明された。……

 ところが近年は逆転現象が起きている。先進的なものはまず一般消費者に投入され、それが徐々に企業などで使われるようになってきている。その始まりとなったのはパソコンだ。……

 次にインフラの重要性だ。旧来のSF作品では、デバイスを重要視していた。登場人物がなにやらすごい機器を持っていると、なんでも可能になるという描写が多い。……

 現代になって当時SFの世界にしか存在しなかった小型の電話が普及し、ビデオ通信も当たり前になった。しかしこれらの実現にはデバイスだけではなく、インフラが重要な役割を担っている。もし現代の携帯電話を持って昭和にタイムスリップしても、昭和時代では使えない。携帯電話網が存在しないからだ。このインフラの重要性は昭和のSF作品ではあまり予想されてこなかった。……

 SF作品に登場した、当時から観た未来のテクノロジーは、いくらか実現したが、まだまだ実現されていないものも多い。テクノロジーの実現のされかたや、支えるインフラの考え方は異なるものではあるが、SF作品の夢の実現が確実にわれわれの生活を豊かにし、欠かせないものとなっているのは確かである。

 

 横山光輝『バビル2世』が謳うのは、「アメリカ宇宙局のコンピューターの百億倍の働き」をするバベルの塔のハードウェア。そのコンピューターは人間の言葉で会話をし、戦闘となれば相手の動きを「予測」し、「自分で自分を修復」することもできる。

 楳図かずおわたしは真悟』が先取りしたのは、AI(的なるもの)に仕事を奪われる恐怖。一度「意識を持ってしまった」真悟は、例えば口の動きを手がかりに言葉を認識するいわば読唇術を用いることができ、学習を通じていつしか宿した生存本能によって自らを守るためにときに逃亡を選択する。

ブレードランナー』において重要なカギを握るのがフォークト・カンプフ検査。レプリカントであるか人間であるかを識別するためのテストを潜り抜けた個体は、いつしか「雇い主から逃れ、自由を手に入れ」るための闘いに乗り出す。

ターミネーター3』では無人のパトカーがキャラクターをチェイスし、『4』においては二輪のロボットが登場する。シリーズ全体の世界観の前提をなすのは、アメリカの軍事システムがAIによって乗っ取られるそのXデイ。

 これらのフィクショナルな想定が、果たして未だ空想の域を超えないのか、それとも現実がとっくに追い越してしまっているのか、そんなことをエンジニアの視点から分析していく。

 

 本書で幾度となく強調される前提事項がある。

 つまり、現代においてなおAIは「分類器」である、「分類器」でしかない、というその事実である。

「例を挙げて説明しよう。自動販売機に硬貨を入れる穴が空いているが、あそこに入れられる効果の種類は決まっている。受け付けるものは10円玉、50円玉、100円玉、500円玉だとする。そこに1円玉、5円玉、偽の硬貨などを入れると返却口に落ちてしまうが、それらは『その他』に分類される。この場合、5種類に分類している分類器である。現代のAIの多くがやっていることは、これと大きく違わない」。なるほど、ぶち込まれた膨大なデータに基づいた今日の深層学習は、時に思わぬ事柄をヒントにこの「分類器」機能を向上させる。例えば今日において機械の故障率を判定するのに用いられるのは微妙な音の変化。「『なぜそう予測できるのか』をプログラマーが客観的に説明できない」、その限りにおいて人知を超えたともいえるし、とはいえ現状、『2001年宇宙の旅』においてHAL9000がしたように、「人間を殺害することにより目的は達成される」という論理を自ら導出することはできない。それを可能にするには、「殺す」という選択肢が与えられていて、「分類器」にかけた結果、それが最適とみなされなければならない。

 そうした意味において、今なお彼らはどうやら一昔前でいう「弱いAI」の枠を決して逸脱しない。

 

 その中で、「強い」ことの意味をあえて考えてみる。

 筆者が研究者の世界を志すきっかけとなったのは、『2001年宇宙の旅』との出会い、HALを一文字ずつスライドさせればIBM、中学生時代の思いそのまま、長じてこの企業への就職さえも果たしてしまう。筆者の知人のひとりは『ナイトライダー』に触発されて音声対話システムの道へと入ったという。宇宙物理学の俊英たちにしても、その入口はだいたいにおいて幼少期に接した『スター・ウォーズ』か、『スター・トレック』か、『ザ・シンプソンズ』か、『ドクター・フー』か、そのあたり。

 他人が書き残した空想から「ゴースト」(『攻殻機動隊』)を受け取って新たなテクノロジーを切り拓いていく、そんな触発経験の有無が、あるいはフォークト・カンプフ検査の適否を決める。

 面白い、だからやってみる、そして誰かに伝えてみたいと思う。そうした知的なミメーシスのひとつすら授けられたことのない量産型は、コンピュータ帝国による征服などという誇大妄想におののく前に、自らの経験の欠如に勝手に震えていればいい。「分類器」機能しか自らにインストールしていないサルは、所詮「弱いAI」の超絶劣化版として、遅かれ早かれ駆逐される。いやもはや、ChatGPT未満の何かへの退化を完遂した。

 これまでもこれからも変わらない、真に恐れるべきは、電気羊の夢を見るアンドロイドよりも、夢すら見ない、見れない、見ようともしないニュースピークの使い手なのではなかろうか。

 

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