会いたかった

 

 本書では、炭酸飲料がなぜ、どのようにしてこれほど世界中で人気のある飲み物になったのか、そして、長い年月の間に、さまざまな場所でどのように変化してきたのかを検討していく。

 水、炭酸、糖分から作られる飲み物として、炭酸飲料はさまざまな議論を引き起こしてきた。ささやかな楽しみとして飲む分には何の罪もないが、健康問題の主要な原因とされる一面もある。薬効がある半面、中毒性のある危険な薬品でもある。……

 甘い炭酸飲料が世界中に広まるにつれて、このふたつの問題が繰り返し起こってきた。飲料のフレーバーはどうあるべきか。原料に何を使うべきで、何を使うべきではないか。その飲料の良し悪しはどういう観点(医療的、倫理的、文化的、栄養的)から決めるべきか。飲料のカテゴリーとして炭酸飲料を使う場合と、特定のドリンクを炭酸飲料と呼ぶ場合、どのような背景によって規定すればいいか。この「背景」には、フレーバー、容器、宣伝活動などがある。さらに、その飲料がその場所に伝わった歴史、その飲み物の質に関する主張、製品名、その飲料が消費される場所も含まれる。マーケティングによって生じたつながりや、個人や家族にまつわる思い出も含まれるだろう。こうしたすべての要素によって、炭酸飲料とは何であるかが決まる。

 

 周知の通り、コカ・コーラの発明者といえば、ドクター・ジョン・ペンバートン。同じ傘下から出されているロングセラーのひとつに、ドクターペッパーなる代物もある。今日となっては成人病メーカーとして一際悪名高き炭酸飲料と「ドクター」をめぐるこの親和性には、ごくシンプルな理由がある。

「人工炭酸水の配合には正確な技術を要するが、その技術を持つ人材の多くが化学者あるいは薬剤師だったのだ」。アメリカにおいて、無味無臭の炭酸水にフレーバーがつけられるようになったのは、資料によって遡られる限り、1807年のこと、ドラッグストアの店先で腎臓病の薬が炭酸で割られたことに端を発するという。

 

 本書をめくりつつ、とある違和感に苛まれる。このテキストにおいて交わされている議論とはすなわち、フレーバーやシロップ、あるいはサイド・ストーリーの歴史であって、炭酸水それ自体があまりに置き去りにされてはいないだろうか、と。

 しかし筆者によって選択されたこのアプローチの正当性が、読み進むにつれてどうにも否みがたく説得されていく。そう、「私たちは、自分が飲んでいるドリンクの味ではなく、音や色に反応しているのだ」。いみじくも、バブルである。まさにこの発泡性の告発こそが、炭酸水を論じるという行為に他ならない。

 その頂としてコカ・コーラが君臨することはもはや歴史の必然だった。

 ブラインド・テイスティングが教える限り、実際のところ、愛飲者たちは自分が口にしているのが、コカ・コーラであるのか、ペプシ・コーラであるのかすらも判別できない。なんならジンジャー・エールをテストに加えてすらも、有意な誤差がアンケート結果から引き出されることはないという。彼らには黒い液体の味などはじめから二の次なのだ。その秘密の製法にコカの葉が用いられているかなど気にも留めない。コーン・シロップやカフェインにすらもあるいは反応していないのかもしれない。あくまで「コカ・コーラ・カンパニーの製品とは広告だ」。

 マクドナルドと並んでアメリカのアイコンと目されて久しい、世界中へと伝播するそのブランド戦略を手助けしたのは、何と言っても戦争だった。第二次世界大戦に際して、D.アイゼンハワーD.マッカーサーG.パットンと錚々たる前線司令官のいずれもが、「コカ・コーラは軍の士気を維持するために必要だと言った。アメリカ中に浸透している間に、コカ・コーラはホームシックにかかった米軍兵士の憧れの飲み物としての地位を確立していた。/……コカ・コーラは、故郷、アメリカ、そして自由そのものの象徴となった」。

 それだけではない、信者と書いて儲かると読む、彼らを普及要員として活用することにおいて、このブランドはアップル・コンピュータのはるか先を行っていた。駐留している兵士という名の宣伝部隊が口にしている飲み物に、ギブミーコーク、と現地民の誰しもが魅せられた。

 人々が熱狂するのはベビーフェイスよりもヒール、知ってか知らずか、そんな炎上商法においてすらも、コカ・コーラはその先陣を切っていた。イスラーム圏で立ち上げられたメッカコーラを筆頭に、反グローバル、反アメリカの旗印のもと、世界各地で向こうを張るようなコーラが売り出されてはいる。もっとも、例えばアンチ・トランプ・ムーヴメントがかえってフェイクとの一語をもってビリーバーの凝集力を生んでしまうのと同じことで、それすらもむしろ帝国支配のブースターとして作動するに過ぎない。

 

 炭酸飲料に課税する、そんな世界のニュースがしばしば目に飛び込んでくる。WHOのリポートによれば、世界の肥満は「糖分の多い飲料の消費」によってかなりの部分が説明される。

 もちろん、注入されるガスそれ自体にカロリーもなければ、体内に脂肪を蓄積させたり、血管を傷つけるような効果が報告されているわけでもない。炭酸はあくまで喉越しをもって飲みやすさを引き出しているに過ぎない。ここで炭酸ドリンクの起源として、ドラッグストアのカウンターを今一度思い出しておく必要があるだろう。今日のテーマとの違いがあるとすれば、そこに溶かされているのが、薬効成分――と目されていた何か――であるか、はたまた果糖ブドウ糖液糖であるか、でしかない。

 コカ・コーラのことは嫌いでも、炭酸水のことは嫌いにならないで下さい。

 

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