時間よ、とまれ

 

 この本を書こうと思った理由は3つある。1つは長時間ドラマ――いわゆる2時間ドラマの元祖である『土曜ワイド劇場』(テレビ朝日系)が始まってから45年近くが経っている。再放送も含め、現在でもこれだけ地上波・BSCS・配信と放映されている('21年の東京オリンピックの裏番組は2時間ドラマだらけだったことは記憶に新しい)にもかかわらず、“2ドラあるある”みたいな本はあっても、番組の沿革を記した本は見当たらない。そこで、土曜ワイドを中心に、比較対象として『火曜サスペンス劇場』を交え、この40数年間の流れを追ってみた。

 そうやって調べてみると、2時間ドラマは最初から今のように推理もの一辺倒だったわけではなく、話がワンパターンだったわけでもない。それがなぜ、いつから世間にワンパターンと揶揄されるようになってしまったのか。その原因や経緯を探ってみたかった。これが2つ目。

 そして3つ目が、2時間ドラマは、これだけ世間でよく知られていて、これだけ各局のタイムテーブルに組み込まれているのに、放送業界でもメディア学会でも、あまり評価されていない。どうしてもドキュメンタリーや連続ドラマが高く評価される。土ワイや火サスの初期に先輩たちがどれだけ悪戦苦闘したことか。こうした「最初に井戸を掘った人たち」の話をきちんと記録しておき、後世の人に少しでも2時間ドラマに対する見方を変えてもらいたい。

 

 ひとつのベンチャーが立ち上がり、ライバルと鎬を削り合う中で互いに試行錯誤を重ねやがて絶頂を極めるも、寵児なればこそやがて時代に取り残されてひとつの使命を終えていく。

 およそありとあらゆる産業において観察されるだろう、この盛者必衰の曲線を2時間ドラマの世界はまるで様式美のように映し出す。

 当時のアメリカでは、「テレビ局は映画が不足すると、映画会社にテレビの2時間枠で放映するためのオリジナル映画を作らせるようになった。これは“Made for TV movies”と呼ばれ、放送でも通常の映画より視聴率を稼いでいた」。この方式には数多の利点があった。「まず、テレビ用にジャストサイズの長さで作るので、劇場用映画のように放送時間枠に合わせて、編集で尺を調整した結果、ストーリーに無理が生じることがない。そればかりか、視聴者を逃さないために、途中で何度もヤマ場を入れられる。CMのタイミングもそれと一緒に効果的に使える」等々。

 既に洋画放送が茶の間の人気を博していた時代、このスタイルに「テレフィーチャー」と名付け国産の可能性をいち早く模索し、そして実践したのが旧NETこと日本教育テレビテレビ朝日としてリスタートを期している最中の、その局だった。

 確たる成算があったとも思えないこのチャレンジは、ほどなくして視聴率という目に見えるかたちで結実する。文芸作品やメロドラマなど多様なアプローチを探るなかで、レーティングがあからさまに跳ねたのがミステリーだった。一発当たればシリーズ化という映画業界の手法も軽いフットワークで取り入れた。なによりすごいのは「スポンサーがもっとも欲しがる視聴者ゾーン」である当時のF1層がこの路線を支持したというのである。

 こうなれば次に何が起きるかは容易に想像がつくだろう。競合他社が2匹目のドジョウを捕まえに来るのである。そうしてまずはドラマのTBSが同じ時間帯に「ザ・サスペンス」をぶつけ、蹴落としたかと思ったのも束の間、次いで日本テレビが「火曜サスペンス劇場」を仕掛ける。

 こうした際に展開される差別化戦略等についてもいくらでも面白い話は紹介されている。しかし、それらをいちいちここに引用しようとは思わない。それはまず何よりもシンプルに本書を実読して知られるべきマターではあるし、それ以上に、良くも悪くもビジネス番組向けのあまりに使い古されたようなストーリーへと収束していくのである。つまり、ライバル同士のデッドヒートもそこそこに、いつしか談合にすら似たある種の各種業界セオリーが定型化、規格化されていき、成熟という名の飽和をもってピーク・アウトしてあとはマーケットの縮小を余儀なくされるのみ、という例のあのスパイラルを2時間ドラマの世界もなぞっていく。敗因なんてないといえばない、単に特定のコンテクストに最適化し過ぎただけなのだから。ハイ・エンドが時代の波にさらわれるまで、そんなプロセスを今さら逐一引っ張ってきたところで、ただただ物悲しくなるばかりである。

 

 その中で、ひとつだけ限界集落化を象徴するエピソードを取り上げたい。

 それは2017年のことだという。「2時間ドラマの放送に大きな地殻変動が起きた。

 TBS2時間ドラマ『月曜名作劇場』は、スタートを従来の夜9時から1時間繰り上げ、8時にした。視聴者のメインは50~70代で、この層は夜8時台の視聴がピークで、ドラマが佳境にさしかかる10時にはテレビを消す人が多いことが調査で分かったからだった」。

 この変更が露骨に物語っているのは、放送開始当初からの固定化した主要視聴者層がほぼそのまま加齢を重ねてしまった、というその厳然たる事実である。かつてその枠ではナショナル劇場と銘打って『水戸黄門』が放映されていたことを思い起こすとき、そのインプレッションはなおいっそう強烈なものとなろう。月9視聴者がいつしかチャンネルを8から6に合わせるようになっていく、そんな世代の入れ替わりを経験しないまま――いくらかはBSの方のTBSには流れたかもしれないが――、2時間ドラマの時代は通り過ぎていった。

 そのさまは、果てしなくニュータウンの興亡に似る。

 

 思考実験として、ジャパニーズZ世代向けにこのジャンルの再構築を試みる。

 まず前提として、ショート動画やティックトックに浸り切ったタイパ重視の彼らには2時間なんて長尺はもとよりなじまない。ひどく感じやすいという彼らには、怒りや悲しみといったネガティヴな犯行動機もストレスフルに過ぎてどうやら耐えられないらしい。サプライズなく安心して見られるように予め謎解き要素の結末を知っておきたい彼らには、本放送に先駆けて存分なネタバレも用意しておかなければならないだろう。

 つまり、地上波テレビだろうがサブスクだろうが、これより先に2時間ドラマの需要がV字曲線を描く未来など永劫決して訪れることはない。

 

 皮肉にも、土曜ワイド劇場の第一作のタイトルは「時間よ、とまれ」(主演渥美清)だった、という。果たせるかな、その願いは見事に2時間ドラマの世界で成就した。

 野比のび太が永遠の小学5年生を享受するのと全く同じ仕方で、浅見陽一郎は、FBIの創設者ジョン・エドガー・フーヴァーもかくやと、警察庁刑事局長の座に留まり続けた(る?)。現実の公務員における定年などはるかぶっちぎって、藤田まこと渡瀬恒彦は刑事捜査の前線に立ち続けた。死の他のなにものをもってしても、彼らをその現場から引き剝がすことはできなかった。

 私はこのことにむしろ尊さすら覚えずはいられない。ラテ欄見れば犯人が分かるだの、京都と米花町はいくらなんでも治安悪すぎだの、なんで本命を最後に取っておくんだだの、説明台詞てんこ盛りだのとテンプレ的な冷笑を浴びながらも、現にその「B級娯楽作品」を求めて毎週テレビの前に腰かけていた視聴者に応え続けたその真摯さの証ではないか、と。

 土曜ワイドにおける最多主演を数えたという愛川欽也は、生前こう語ったという。

「テレビは大衆に愛されてこそ価値がある。いかに心地いいマンネリを作るかを常に意識している」。

 

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