もう恋なんてしない

 

 忘却と鮮やかな記憶とで織りなされた、秩序もつながりも存在しないこの破れたタペストリーでは、最終的な模様が完成されることはないが、悲劇の起こった日にまつわる鮮明な記憶がふたつある。

 

 ひとつめは、僕が階段に向かって「助けてくれ」と叫んでいたとき、明晰な思考が頭をよぎったことだ。これはおまえの人生のなかでもっとも苦痛に満ちた瞬間だ、と自分で自分に言い聞かせていたのだ。電光石火のごとく、明晰な思考で。今後なにかつらいことが起こり得るとしても、これに匹敵するようなことは絶対にないだろう。

(意識が飛ぶほどのショックを受け、まともに動くことすらできないときに、どうした頭のなかでこのような鋭い自覚にもとづく論理が展開できるのか、理解しがたい)

 

 ふたつめは、〔首を吊った〕Sを床に下ろしてくれた住人たちが遺体のそばに僕を残して部屋を出ていったあと、ひざまずいて彼の身体に触れたときの感触だ。顔を撫でたら冷たかった。あるいは冷たくはなかったのかもしれない。温度というよりも、彼にはもう命が宿っていないことを知覚したのだった。

 Sはもういない、と僕は思った。この肉体のなかにはもう、Sはいない。映画やテレビドラマで、悲しみに打ちひしがれ、愛する人の遺体から離れられずにいる遺族の映像を目にする。遺体にすがりつき、抱きしめ、せめて最後にもう一度と、額や唇にキスをする。身体的な接触をできるかぎり引き延ばそうとしているのが伝わってくる。

 僕にはそうした感情は起こらなかった。立ちあがって別の部屋に行った。彼の傍らにいることはもはや意味を持たなかったのだ。

 そのことを鮮明に覚えている。

 

 つまり、Sの遺体発見当日について、「僕」はこのふたつのことしか覚えていない。

 その欠損の穴埋めを求めて、他のテキストに手を延ばしたこともあった。しかし、自殺をめぐって書かれた研究書やフィクションは数あれど、「あとに遺された者たちについて書かれたものではなかった。/けれども僕は遺された側の一人であり、彼らと共に慰めや助言を得たいのだ。どうして誰も書いてくれないのだろう」。

 だったら「僕」がその役目を引き受けるしかない、とはならなかった。

 Sの自裁から本書が綴られるには、20年余りの時間が「僕」には必要だった。

 

 書いて克服したのではない。克服したから書けたのだ。

 

 死から間もなく、どこからかそのことを聞きつけた知人の小説家が雑談の中でふと電話越しに尋ねる。

「メモをとってるか?」と。「いつか必ず、このことを書くときが来る。いまはそんなことを考えるのも馬鹿げていると思うかもしれないが、心の底では、いつかその日が来るだろうと君自身もわかっているはずだ。俺たちは作家だ。作家である以上、書くことこそが経験を昇華し、人生と向き合う術なのだから」。

 Sとともに失われたことばを取り戻すのではない。数限りなく反芻を重ねることで何かが帰ってくることもない。新しいできごと、新しいことばをもって、新しい「僕」が作られたとき、「僕」はようやくSをめぐって何かしらを著すことができるようになった、もしかしたらそれは他のサバイバーに向けてもあるいは届くかもしれない。

 忘却の底から「メモ」を拾い集めるのではない。日々の中から「ばらばらの欠片」をまるでピンセットで集めるようにつなぎ合わせて、その日のことをことばにできる「僕」が新たに生まれるまでに、ざっと20年の時間を要した。

 いつか治るのではない。

 いつか苦しみが癒えるのではない。

 いつか赦せる日が来るのではない。

 いつか救われるのではない。

 

 自ら選択するのだ。

 たとえ同様の悲しみに打ちひしがれる者たちの集う共助のワークショップに参加したところで、「自ら」を持たない、「選択」できない「僕」に吐き出すべきことばなんてなかっただろう。

 

 そしてその日は訪れる。

「ここのところ仕事をしているテレビ番組の編集室でのこと、書類を作成していた仕事仲間に日付を尋ねられた。僕は日付を応え、直後に思った。Sの命日の次の日だ。

 そのことに僕は愕然とした。……

 それは、この件にまつわるほかの多くのことと同様、ようやく象徴的な事物よりも日常が優先されるようになってきたことを意味していた。……

 Sの命日を忘れていたことは、欠落ではなく、克服だった」。

 機は熟した。

「いざ書いてみると、思いのほかすらすらと書き進められる。

 キーボードの前に座れば、指先からごく自然に言葉があふれ出す。

 僕はそれらをあまりにも長いあいだ胸の内にとどめていた。頭のなかで考え、形を整えながら、独の味がする飴玉のように舌の上で転がしていた。もはやそれが習い性となり、耐性ができていたのだ」。

 

 本書は教えてくれる。

 ひとはことばでできているのだ、と。

 

Matter of Fact

 

 成績優秀な生徒の幸福度について心配するのは気がひけるだけでなく、馬鹿げているようにすら思える。なにしろ優秀な生徒の多くは住む場所や医療の不安もなく、悩みを軽くするためにお金を払う余裕もあるのだから。そういった家庭に注意を払う必要があるのだろうか。世界には数多の災難があるというのに、アメリカの上位20パーセントに属する子どもの苦しみが重要だろうか。……

 いま私たちは、真の意味で国家の危機に瀕している。子どものあいだにストレス、不安、鬱が蔓延する悲惨な光景がおとなの目の前に突きつけられているのだ。このあまりに痛ましい現状について、2021年に米国公衆衛生局長官……臨時勧告書を発表した。「最近の若年層を対象とする全国規模の調査結果によると、なんらかのメンタルヘルスの問題を抱える子供が驚くべき割合で増えている。2019年には高校生の3人に1人、女子生徒においては2人に1人が悲しみや絶望といった感情から逃れられず、全体としては2009年から40パーセント増えている」。……問題の核心は明らかだ。たくさんの子どもが日常にあふれる有害なストレスに苦しめられている。同じ時代を生きるおとなとして、私たちは手を打たねばならない。

 

 あるインタヴュイーは、高校の学生新聞にこう綴った。

「ぼくたちの多くは“社会的な地位”の損失や大学進学の失敗を避けるために、偽りの情熱と偽りの人格に頼らざるをえない」。彼曰く、「名門大学からの関心を得るために、自分ではない何者かになって熱意があるふりをしなければならないのである。生徒はよい成績や褒め言葉を求めて消耗し、本文である学問に心からの興味を持てずに不満を抱えながら学業に向かう。『おとなは子どもの真の姿を知りたいと望んでいるにもかかわらず、ぼくたちを偽りの自分に仕立て上げる』と結んでいる」。

 とりわけアメリカにおいては、名門大学へと進むためには、ましてや奨学金を得るためには、単に学業だけでは足りない。スポーツなり音楽なりにおける何かしらの実績も欠かせない。ボランティアへの参加は当然の前提である。そうしてことごとくが、目的の手段化という倒錯した事態へと彼らを巻き込んでいく。数学を理解する必要はない、学科試験において高いスコアを得るための方法をインストールすればいい。あくまでクリアすべきミッションは、チャリティに規定時間以上参加したというアリバイだけ、しない善よりする偽善、そんな段にすらもはや彼らは達する必要がない。

 

 察しの通り、「『ほどほど』にできない」のはむしろ、「子どもたち」というよりも毒親たちなのである。

「アメリカでは、私たちは能力主義の社会に生きていると教えられる。成功は努力と能力によって手に入れられるという考え方である。そこにほんの少しの運が加わると、誰でも成功の梯子をのぼることができるとアメリカの神話が約束している」。しかし当然、このサクセスストーリーは、「パイが永遠に大きくなるという前提のもとで成立している。……いまやアメリカ人の3分の2が、世代ごとに着実に豊かになるのが当たり前だとは考えていない。……1940年に生まれた白人のミドルクラスの子どもが親の収入を追い越す確率は90パーセントであった。ところが、1980年代に生まれた子どもが親の収入を追い越す確率は50パーセントに下がった。この数十年で状況はさらに悪くなっている。ミレニアル世代の賃金、資産、富の平均値は、過去の世代が同年齢であった時よりも低い」。

 着席可能な椅子が減少しているからこそ、彼ら「『ほどほど』にできない」おとなたちは、ますますわが子を競争へと駆り立てる。

 競争のインセンティヴに加えて、教育心理学等の発達も重なって、例えば陸上競技のレコードと同様に、STEMの学力も右肩上がりの曲線を描いているに違いない、そんな期待を抱くことだろう。日進月歩に全体の水準が押し上げられているからこそ、ますます競争に拍車かかかってしまい、それが子どもたちを押しつぶしてしまっているのだろう、と。

 しかし事実は、ひどく皮相にできている。

「達成中毒」どころか、何も身についていない、彼らは「ほどほど」にすらたどり着けない。

 例えばこんなトピックがある。

 記事によれば、米国の錚々たる大学においてすら、「中学校レベルの計算問題で3割もの学生が正答できませんでした。また、簡単な分数の足し算や因数分解、グラフの読み取りといった内容すら理解が不十分なケースが目立ちます」。これは日本のいわゆるFランク大学の光景ではない。本書に描かれる過当競争を生き延びて這い上がった、GPAでハイスコアをマークしてきたはずの、アメリカの学生たちに起きている光景なのである。

 

 ある親は昂然と言い放った。

「娘に学んでほしいのはベッドメイキングではなく中国語です」。

 家の手伝いなんかしている暇があったら勉強しろ、そう命じられてやらされる中国語は決してコミュニケートすべき誰かを持たない。話してみたい相手もいない、訪れてみたいガチ中華もない、そんな生気を欠いた言語をどうしてマスターできるだろう。目の前の家族にすら手を差し伸べない人間が、たとえ医師になったところで、誰の命を助けることができるだろう。

 学力が伸びないというだけならばまだ何かしらの慰めはある。しかし「勉強やサッカーの練習を優先させるために家の仕事やイベントを免除すると、……子どもは利己主義に陥って自分のことばかり考える、ともに暮らすのが難しい人間になってしまう。そのうえ、自分のことばかりに集中すると、子ども自身の健康が損なわれる。鬱病や、人格障害、不安障害が引き起こされることになるのである」。

 仮にこんな足の引っ張り合い競争をくぐり抜けて弱肉強食ネオリベラリズムの勝者となったところで、彼らに待ち受ける到達点といえば、エプスタイン・ファイルでしかない。

 巨万の富をせしめたところで、支配‐被支配の他に人間関係を表示する言語を持てない彼らはせいぜい、他人の肉体を貪り傷めつける、セックスですらない残酷ショーに束の間の喜びを見出すことくらいしかできない。豪邸もジェット機もプライヴェート・バンクの預金高もダウ平均も、彼らの飢えを満たさない。

 

 そもそも親からして、この「利己主義」に飼い馴らされたモンスターなのである。彼らが利己主義を再生産することしかできないことなんて、自明のことなのである。私がこの世のすべての少子化対策を侮蔑する理由がここにある、ドナルド・トランプや高市早苗が一票を獲得してしまう可能性を持った世界の中で、少しでもまともな人間はまだ見ぬ子どもに不幸を味わわせようなどとは夢にも思わないのだから、必然すべて親はいかなる事理弁識能力も有しない。一枚のタッチパネルにも劣る脳障害のサルが脳障害のサルを量産することにリソースを注ぎ込んだところで、そこにできあがるのは「鬱病や、人格障害、不安障害」でしかない。

 

「隣人を自分のように愛しなさい」(マタイによる福音書2239節)。

 自らの愛し方を知らない者に、隣人を、わが子をどうして愛することができるだろう。

 本書の提示する処方箋は、至って平凡なものである。頻出する用語に従えば「大切mattering」、つまり一般に言うところの自己肯定感である。

 学力喪失した機能不全の世界の中で、ひとつの糸口が紹介される。

「大学の卒業生を対象とするアメリカ史上最大の調査」は、卒業生のその後の幸福度を追跡した。結論として、「『ほどほど』にできない子どもたち」が血眼になって追い求める「通った大学の評判は……『現在の幸福度や職業生活にはほとんど関係しない』とわかった」。しかし同時に、大学時代の経験が彼らのその後に大いなるエフェクトをもたらすこともこのリサーチでは明らかになった。では、いったい何が彼らを押し上げたのだろうか。

「学問を胸躍るものに変える教授から学ぶこと」、「教え子の人間性を尊重する教授と出会うこと」、「ひとりひとりの目標の達成を応援するメンターと出会うこと」――限りなく意味内容が重複しているように思えてならないが、たったひとりとの邂逅が彼らを劇的に変えてしまうことにどうやら疑いの余地はない。「学生が教え子の人間性を尊重して激励する教授と強い絆を築くことができれば、卒業後に仕事で充実感を得る確率は2倍以上にもなり、人生のあらゆる面において成功する確率も同様だった」。

 どうせ世界は、クズと、クズと、クズだけでできている。普通の神経をしていれば、いや普通の神経をしていればしているほど、論理的必然から導かれる最終到達点は「鬱病や、人格障害、不安障害」となってしまう。そうしてゾンビになった誰かが次なるゾンビを手繰り寄せる。

 そんな地獄にあってさえ、あるいは浜で真砂をさらうがごとくにしてたどり着くたったひとりの人間との出会いが、時に己の何もかもを書き換えてしまうミラクルを呼び起こすことがある。仰ぐべき師を模倣(ミメーシス)することが次なるミメーシスの「さざなみ」を呼ぶ。ゾンビの量産体制に抗うに、果たして他にいかなる方策を取ることができるだろう。

 結局、「大切」は誰かと誰かの間にしか芽生えない。

 

トーン・ポリシング

 

 有事=戦争が起きれば、基地も弾薬庫も、軍民共用化された空港も港も、真っ先に攻撃目標とされる。地域住民も深刻な戦禍を被る。犠牲を強いられる。自衛隊と米軍は住民に被害が及ぶことも織り込んだ共同軍事作戦を立案している。暮らしの場に軍事の力学が有無を言わせず踏み込んできている。地域が戦争の拠点になることで、戦争の被害者にも加害者にもなってしまう。そうならないために、地域の軍事化に抗する人びとがいる。本書では、その声と姿を取材し紹介する。

 

「仮に台湾有事となれば、米軍が在日米軍基地を使って武力介入し、政府もそれを容認する可能性が高い。日本も深刻な戦禍を被り、アメリカの軍事戦略の捨て石とされてしまう。それは絶対に避けなければならない。有事が煽られる背後の構造、すなわち軍産複合体の利益、政治家の思惑といったからくりを見抜き、煽動に乗せられないようにしたい」。

「自衛隊を国防軍化する改憲がなされたら……自治体は国家の動員体制の下請け機関の役割を担わされ、兵事係にあたる部署も復活するであろう」。

「平和の理念よりも軍需産業の利益や自衛隊の軍事的合理性を優先させる流れが強まっている。このままでは、軍産複合体の利益を重視するアメリカのように、他国の人びとの流血と死を前提に利益を得るような国に変わってしまいかねない」。

 これらはほんの一例である。

 本書を手に取る者は、少なからず「ルポ」と銘打たれたテキストとしては異例の書き口に困惑することだろう。確かに、インタビュイーによるコメントならばこうした表現があらわれることはそう珍しいことではない。そしてしばしば末尾にこうした引用を付することで、書き手のメッセージを事実上彼らに代弁させる、あるいはより露骨には丸投げする、そうしたアプローチもとりわけ新聞上では頻繁に観察される。対して本書におけるように、筆者自身による地の文において憶測含みのこうした直截な表現が並ぶケースとなれば、そうそう見かけることがない。おそらく一定数の人間は典型的なトーン・ポリシング反応を示すことだろう、何もそんな物言いをしなくてもいいではないか、もっと冷静になれないのか、と。あるいは、自らの中立性を疑わないマジョリティという名の不安障害患者たちは、こんな反論を打つのかもしれない、自衛隊や与党政治家だってこの国のことを思っているのにそんな悪意で捉えなくてもいいではないか、と。彼らはどこまでも見たいものだけを見る、見たくないものは見ない。

 

 しかし、本書において取り上げられるトピックに触れて、なぜそこに至ってすらも冷静さを保たねばならないのだろう、なぜ義憤に駆られることをためらわねばならないのだろう。

 ここ数年、「防衛力整備計画」に従って、基地や防衛省施設の「強靭化」のために、毎年3000億円以上の予算が計上されるようになった。そこでははっきりと明記されている、これは「自衛隊員の安全を確保し、有事においても容易に作戦能力を喪失しないよう」にする措置なのだ、と。この「強靭化」は「日本全土の戦場化とその長期化を想定し、核戦争にまでも備えて、住民の被害をよそに自衛隊組織だけは生き残ろうとするものだ」。仮にそれらの施設が爆撃されるとなれば、当然にその被害は近隣に暮らす市民にも及ぶ、しかし彼らはもとより「強靭化」の射程には入らない。今も昔も「軍隊は住民を守らない」、これは被害妄想ではない、計画がそう明言していて、現にその通りの予算配分のもとで工事が進行しているのである。この情報に触れて憤る筆者のどこに咎められる由があるというのだろうか。

 岸田文雄政権下における2023年度予算において、歴史的な大転換が図られた。「戦後初めて軍事費(防衛費)に国債を発行して充て」られたのである。「国債すなわち国の借金で軍事費をまかなうことが続けば、当然、軍事費膨張と大軍拡に歯止めがきかなくなる」。その中にあって、曲がりなりにも財政の均衡や国際的な通貨信任を保とうとなれば、まず削られるべき支出として白羽の矢が立つの社会保障費であろうことは想像に難くない。ここでも先の「強靭化」と全く同じロジックが作動する。「軍事費膨張のために社会保障費を削減する棄民政治。それは国民に負担と犠牲を強いる戦争への道につながる。/……私たちの社会はいま『ミサイルか、ケアの充実か』の岐路に立たされている」。現実にこの通りの逆分配予算が編成されているというのに、なぜ蚊帳の外に投げ出されている一般国民が彼らの善意を忖度してやらねばならないのだろう。

「米軍高官のアメリカ議会での証言によれば、1992年以来の死者は20246月の時点で、開発段階の事故も入れて計64人、負傷者は93人にのぼる。/……このようにアメリカ本国で裁判沙汰にまでなるなど、『欠陥機』問題は深刻化している。にもかかわらず、日本ではオスプレイがいまも我がもの顔で飛んでいる」。202311月にこの「対米従属の象徴」が、屋久島沖における墜落事故により乗員8名を死亡させたことは記憶に新しいところ、しかし原因の究明リポートも満足に提出されぬまま、翌年3月には早くも日本上空での演習は再開された。同じくウィドウ・メイカーとして広く知られるハリヤーと飛行原理は基本的に一致するオスプレイのリスクなど、もはや数字の上でも明らかなのに、政府は徹頭徹尾の頬かむりをやめようとはしない。彼らが市民を守るつもりがないことなど誰の眼にも明らかではないか、この事態に対して義憤を覚えることこそが真正の愛国者の作法ではないか。

 もちろん、哀れなまでに知性なき彼らには一刻も早いアメリカの損切りという論理的判断を下すこともできない。

 

 忍耐は美徳じゃない。忍耐を美徳にするのは、この偽善の世界が、その歪んだ秩序を維持する方法。怒りこそ美徳なのよ。

リン・イーハン『房思琪の初恋の楽園』

 

 怒りによってしか変えることのできない衰退国がここにある。

 

私の頭の中の消しゴム

 

 私は本書を執筆するための準備段階で大勢の専門家から話を聞いた。その際にはかならず同じ質問でインタビューの口火を切った。「アルツハイマー病とは何かをご自身の言葉で説明してください」。この質問なら手っ取り早く会話を促せるし、ややこしい話に入る前に緊張をほぐしてもらうにはちょうどいいと踏んでのことである。だがそれは私の思い違いだった。インタビューをいくつも終えた時点でノートを見返してみたとき、同じ定義を語る人がひとりとしていないことに気づいた。一般の読者にとっては妙な話かもしれないが、この事実こそがアルツハイマー病研究の直面する問題の核心に触れるものである。つまり、自分たちが相手にしている疾患の定義について、じつは私たちの見解は一致していない。……当然ながら疑問が浮かぶ。明確な定義が存在しないのだとしたら、こうした専門家たちは自分の診察した相手が本当にアルツハイマー病なのかをどうして知り得るだろう?

 

 もし仮に、あなたの身近な人に、あるいはご自身に、アルツハイマーその他認知症の疑いが芽生えたとする。慌てふためいて近場の書店なり図書館なりに駆け込んで、割と信頼度の高そうな23冊のテキストでも手に取ることになるかもしれない。そこに記されたいくつかのチェックシートで、いよいよそのもしかしたらは確信に変わる、なんてこともあるだろう。

 そしてたちまち立ち尽くす。猫も杓子も脳科学と喚き散らしているくせに、何かしらの診断名がついたところで医学的にしてもらえることなんて別にないじゃん、と。そりゃアハ体験とかで茶を濁すのが関の山だわな、と。そりゃ溺れる者は藁をも掴むでクソサプリが売れるわけだわ、と。

 

 そうなってしまうにはそうなってしまうなりの理由がある。

 なぜなら、今日に至るまでそもそもアルツハイマー病に「明確な定義」が存在しないのだから。原因どうこう以前に、症例さえもろくに共通見解を形成できていないと来ているのだから、何を取り除くべきかも分からない、何を防ぐべきかも分からない。投薬なり手術なりを講じようとしたところで、それが徒手空拳に終わるのもむべなるかな。

 もちろん、世界中から選りすぐられた頭脳集団である研究者たちが、万が一にもそんなことに気づかないはずがない。そして彼らは「アミロイドカスケード」なる仮説にたどり着く。そこで提起されるメカニズムの詳細は本書に委ねるが――超絶かいつまんで言えば遺伝子のバグである――、このテーゼの誕生をもって学界に「きみね、アミロイドの研究でなければアルツハイマー病の研究じゃないんだよ」と言わしめるに至り、やがて深い迷宮にはまり込む。

 アミロイドβによって脳内に蓄積したプラークが悪さをしでかす、それがアルツハイマーなのだ、従って解決すべきはアミロイドであり、プラークである。一見いかにも理路整然として、しかし現実はあっさりとこの仮説を裏切る。「認知症の病歴がない人の脳内でプラークを探したところで、何も見つからないと研究者たちは踏んでいた。なのに認知機能の正常な人であっても、年をとると約30パーセントの確率で脳にかなりのアミロイドプラークが散らばっているとわかった」。しかし、これしきのデータでビリーヴァ―たちはめげなかった、それどころか彼らの手にかかれば、「高齢者の3割はプラークが見られても脳機能は正常だというのに、……『プラークができているだけの健常者』ではなくなる。『症状がないだけの病人』になる」。

「参考までにこれとは対照的な例をあげると、コレステロールのプラークが心血管に蓄積した場合には私たちはそれを冠動脈疾患と呼ぶ。これは非常に有用な分類だ。脳内のアミロイドプラークとは違って、心血管にプラークが生じると重大で測定可能な健康上の問題が付随すると予見できる。もっとはっきりいうなら、冠動脈疾患の人が病院に行くのは具合が悪いからである。しかも、コレステロールの蓄積によって血管が狭くなると代謝異常が起き、しまいには電気信号が危機的な状態に陥って、それがすなわち心臓発作だ。もう一度いうが、心臓内のプラークは人の具合を悪くするし、心臓発作の原因にもなり得る。脳内にプラークがあっても人は具合が悪くなることはないし、不快感すら感じない」。

「アミロイドカスケード」の信奉者たちを悪意をもって眼差すのは、おそらく間違っている。彼らは「アミロイドプラーク」の中に「コレステロールのプラーク」脳疾患ヴァージョンを幻視してしまったに過ぎない。アルツハイマーとはすなわちアミロイドカスケードである、一度与えられたこの公理から彼らは逃れることができない。人類が誇る叡智のベスト・アンド・ブライテストであってさえも、いかなるファクトを突きつけられてさえも、正常性バイアスの前ではいとも簡単に翻弄されてしまう。

 

 病気のさまざまな属性の中でも、定義はきわめて重要なものだからである。どんな疾患であれ、厳密で正確な定義がなければ治療薬の探しようがない。どこが壊れているのかわからなければ修理などできないのと同じである。残念なことに、アルツハイマー病研究の長い歴史を通して戦略と政治が科学を抑え込み、加齢に伴う認知機能の低下と廊下を少しでも多くアルツハイマー病という名でくくろうとしてきた。その結果、私たちは定義がなきに等しい状態に置かれている――少なくとも意味のある定義が存在しない状態に。これでは治療法に向かって実のある前進をしようにも、それを阻まれているのと同じである。そのことを確かめたいなら、多額の費用を投じた治験が途切れることなく失敗し続けているのを見るだけでいい。政治的な計算によって常識が無効とされ、私たちは自分たちのデータに耳を傾けるのをやめてしまった。

 こんなやり方では絶対に人間の疾患を研究できるはずがない。

 

我歩く、ゆえに我あり

 

 歩くということは、外にいるということだ。外、つまりは「屋外」にいるということ。歩くことは、都市生活者にとってのロジック、ひいては人類にとってのもっとも一般的な条件を逆転させるのだ。

 ふつう、外に出かけることは、あるひとつの「中」から別の「中」へと移ることである。自宅から職場へ、家から近所の店へ。家を出るのは、何かをするために、「どこかへ」行くことだ。その時「外」とは、一時的なつなぎであって、二点を分離するもの、ほとんど障害と言ってもいいようなものだ。こことあそこの「あいだ」。だが、独自の価値はない。……

 「外」と「中」の分離状態を、歩くことは攪乱する。野を越え、山を越えて、山小屋に投宿する、というのは正確な表現ではないのだ。その逆だ。何日ものあいだ、わたしは風景の中に住まい、時間をかけてそれを所有し、ゆっくりと自分の場にしてゆくのだから。

 朝の独特な感覚は、山小屋の壁を背後にし、頬を風になぶらせ、世界の真ん中を進んでゆく時に、花が開くように広がってゆく。今日は一日、ここが自分の家なのだ。歩きながら、自分は、ずっとここにいることができるのだ。

 

 エクスタシーecstasyの由来はギリシア語extasis、英語に再変換すればex-statusexitexileといった用法をもって察しがつくだろう通り、既存の状態の外へと飛び出すことをいう。歩くとはすなわち、己から逸脱する、我を忘れる、そうして「外」と「中」とが逆転する、このエクスタシーをもって定義される。

 本書が投げかけるこのマニフェストを誰よりも忠実に体現する人物が紹介される。本書表紙に列挙される錚々たる顔ぶれとは対照的に、彼自身は一冊のテキストを仕上げるどころか、ほとんど文字を解することすらできなかった。精神医学の観察客体として、彼はひたすらに歩くことをもって「19世紀の最後の10年間でもっとも議論された『症例』のひとつとな」った。彼は「定期的に、突然の発作に襲われた。そのままコントロールが利かない忘我の状態に入ったかと思うと、突然何もかもすべて中断して、歩きださずにはいられなくなった。そして、たった1日のうちに、そのまま30キロ、60キロと歩き続け、それが何日も続いた。

 やがて、ハッと気づく瞬間がやってくるが、その時になって初めて、自分はいったいどこにいるのかと驚愕する。……

 どうやってそこまで歩いてきたのか、途中の日々については、一切記憶がない。本当に覚えていないのかとしつこく尋ねてみても、そこだけぽっかりと穴があいたように真っ白なのだ。何もわからない。しかし、身だしなみはきちんとしている。ということは、道中で人に会ったり、食べ物を見つけたり、寝場所を確保したり、身体を洗ったりはしてきたに違いないのだ。なのに、何一つ思い出せない」。

 スタートとゴールを結ぶためのやむなき移動手段としての歩きではない。彼においては歩きそのものが自己目的化する。あるいはその刹那、彼は彼であることすらやめて、歩くという行為それ自体のうちに沈潜する。

 

 歩くというテーマを論じるに際して、それがましてやフランス人の手によるものであればなおさらのこと、必ずや触れずにはいられないだろう人物がある。晩年の著作『孤独な散歩者の夢想』にはるか先立って、壮年の彼を論壇のスターダムに押し上げたのもまた、歩きであった。懸賞論文のテーマに応えるべく、彼は日々散歩の中で黙考に耽った。間もなく気づく、何のことはない、歩くことそれ自体に彼が提示すべき答えはあった。

「歩く、しかし、自分を見つめ直すためではない。自分の個性を確認し、仮面を外してひと息つくためでもない。長く歩くのは、自分の中に原初の人間を感じるため。砂漠に行って孤独に浄化されようとしてのことでもなければ、天命に備えるためでもない。そうではなく、自然の胎内から出たばかりの野生動物を自らのうちに見いだすためだ。彼は狂おしいばかりに歩き回り、さらに、もっと遠くまで、人の手が入ったことのない野生へと入り込み、幾度となく自問する。私の中で、消えることなく残ってきたものとは何か?」

 このプロセス、限りなく何かに似ている。そう、ルネ・デカルトの「方法的懐疑」に。絶対確実なものを求めて、疑い得るものをひとまずは消していく。目に映るものも疑わしければ、数学的真理すらも誰かによって欺かれているにすぎないのかもしれない、そうしてあれもこれもがデリーとされていく、しかしはたと立ち止まる、こうしてフィルタリングしている己、何かしらの意識を働かせる己それ自体は、何かしらの仕方で存在しているのではなかろうか、と。そうして「我思う、ゆえに我あり」との命題が宣言される。

 意図せずしてか、その男もまた、同様の過程をたどる。歩いて歩いて歩きまくり、彼は「社会的人間と自然のままの人間を比較し、社会的人間が人類の向上と称するものの中にこそ、彼らの苦しみの真の源泉がひそんでいることを示した」。しかしこの「自然のままの人間」は決して他者を持ち得ぬ存在ではない。そのうちには「自己の安寧や自己の保存を熱心に求める原理」とともに、「感覚を持つあらゆる生き物、とりわけ自分と同類の者たちが死んだり苦しんだりするのを見ることに対する自然な嫌悪感を抱かせる原理」が必ずや潜んでいる。やがて彼はこの後者を「哀れみpitié 」と呼んで、それを社会を換骨奪胎するにあたっての根本原理に据える。

 我歩く、ゆえに我あり。

『人間不平等起源論』から『社会契約論』へ、その男、ジャン=ジャック・ルソーは、かくして彼自身がまみえることのなかった革命を先導する。すべて量産型のサルに割り振られるべきリソースは死のほかにひとつとして存在しない、王侯貴族とそのポチどもの「汚らわしい血が/我らが大地を染めるまで」、やがて成就するだろう共和国のシンボル・ソングはこう歌わずにはいられなかった、「歩こう、歩こうMarchons, marchons!」と。

 

 この体験をリフレインするように、ヘンリー・デイヴィッド・ソローもまたひたすら歩いた。

 アメリカの建国理念をあらわす言葉のひとつに「明白な運命manifest destiny」なるものがある。アメリカ大陸の東岸より持ち込まれたヨーロッパ由来の文明は西を目指し、やがては太平洋すらもまたいで世界を教化し覆い尽くすだろう、と。彼らにとっての西とは、オリエンタリズムそのままの、やがて「中」として飼い馴らされるべき、とりあえずの「外」でしかなかった。

 しかしゴールド・ラッシュに揺れるアメリカにあって、詩人による西への歩みは、およそ正反対のヴィジョンを提示している。

「歴史を理解し、我々アメリカ人の足跡をたどり、芸術や文学を学ぶときには、我々は『東』へ向かう――『西』に向かうのは、未来へと進むため、冒険心と挑戦心に掻き立てられてのことなのだ」。

 ソローは「西」に、「東」という名の「中」に留まることの閉塞を突き破る「野生」を見た。まるでその対比は、「社会的人間」と「自然のままの人間」を引き写すかのように。

 

 ただし筆者が紡ぎ出す、歩くをめぐるストーリーにはまだ続きがある。

 近代を経めぐってすら、「唯一可能な共同体とは、『服従の共同体』なのだということを、我々は信じ込まされようとしている。妬みや恐れや不信を通じて、とにかく『上』に従うことで、社会の共通基盤が作られてゆく、というわけだ」。この支配概念を具現するのが、歩くこと、すなわち軍隊行進である。その「構造は上部から決定される。指揮系統が中心にあり、階級的な序列に沿って、服従する者たちがいる。……列を組んで行進することは、無条件の服従の表現であり、服従することが誇りとなるのだ」。

 対して「実際には、武力による公共の秩序の対極にあるものは、野蛮な混乱状態でも、破壊的な無政府状態でもなく、自然発生的な祝祭の調和(ハーモニー)だ。軍隊パレードに対するものは、祝祭的なデモ行進である。……

『合力』は、喜びと信頼の中で絆を育んでゆく。各人の足りないところを他の者たちが差し出し、それをまた自分に返してもらう。祝祭的な行進は、自然発生的な秩序や、自然な社会性の可能性を可視化するものである。男たちも女たちも、不正に対する同じ思いによって連帯し、状況を変えなければという切実な思いに駆り立てられ、結集し、歩む。……

 権力者が震え上がるのは、民衆が『共にあることの喜び』を見いだしてしまう時だ」。

 このラストの一文は、今や本書の趣旨に照らして、こう書き換えられねばならない、権力者が震え上がるのは、民衆が「共に歩くことの喜び」を見いだしてしまう時だ、と。

 デカルトは方法的懐疑によってひとたび失われた足場を回復させるために、神を召喚しなければならなかった、たとえそれが機械仕掛けの神と謗られようとも。しかしもちろん、ニーチェに言われるまでもなく、この世界に神などいない。

 神なき世界にはただし、「哀れみ」を共有する他なる我がいる。そのことを知りたければ、ただとにかく「外」に出てみればいい。

 書を捨てよ、街へ出よう。

 歩くことが、ただ歩くことが、我と我の境をほどく。

 我ら歩く、ゆえに我らあり。