星空のパスポート

 

 実存という戯言が実効性を喪失して、他者というコンテンツがイリュージョンに過ぎぬことが暴かれたが故の必然とでも説明されるべきなのだろうか、最近やたらとキルゴア・トラウト的、デレク・ハートフィールド的小説ばかり読んでいるような気がする。川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』とか、木崎みつ子『コンジュジ』とか、そしてこの『ジャップ・ン・ロール・ヒーロー』とか。

 本作のテイストは、どちらかといえば、2019年のダニー・ボイル『イエスタデイ』に通じる。この映画は、主人公を例外になぜかビートルズの記憶と記録が失われた世界を描き、対しては、本書はかつて存在したという「ダンチュラ・デオ」なるバンドのコピーという設定でデビューを果たした新生「ダンチュラ・デオ」が、めくるめく国際的な陰謀劇へと巻き込まれていく、というもの。

 村上龍『愛と幻想のファシズム』のような、安部公房『壁』のような、映画『007』シリーズのような、「知り合い」と聞いて「ともだち」を連想せずにいる方が難しいだろう浦沢直樹20世紀少年』のような、あれ、ちょっと何を言っているのか、よく分からない。

 

「僕」が「ダンチュラ・デオ」に加入したきっかけは、大学時代の音楽サークルに遡る。楽器の嗜みがあるでもない、ライブラリーをひたすらに渉猟しているでもない、あからさまな招かれざる客だった「僕」にできたせめてもの抵抗といえば、メンバーのひとり喜三郎が吹聴して回る他の誰も聴いたことのない「ダンチュラ・デオ」について、軽々しく知ったかぶりをかますことだけだった。

「僕はつい言ってしまったのだ。サークルの秋の合同ライブの打ち上げ会場である渋谷の居酒屋で、即ち全員いる場所で、そのバンド、名前だけは聞いたことがある、と。たった一人の一言で、ダンチュラ・デオなるバンドが、俄かにリアリティを獲得するとは考えていなかった」。

「リアリティ」を裏打ちする要素は、他にもないことはなかった。つまり、オリジナルのギタリストだという喜三郎の父の存在だった。「怪しい主張の全てを首肯するわけにはいかないにせよ、彼の父親に限っては、本当にある程度の音楽活動の実績を持つ人物なのかもしれないという認識が皆に共有された」。

 少なくとも喜三郎の言うことには、オリジナルをめぐる一切の記録がネットやアーカイヴズに現れないのには理由があった。1980年代にアメリカでデビューしやがて旧共産圏に舞台を求めた彼らは、実はCIAのスパイであったために、後に一切の履歴が抹消された、という。

「喜三郎は父親オサヒロと彼らの作品の記憶を頼りに、オリジナルの本分としていた諜報活動とは無関係な、その音楽のみを抽出し、彼らの悲願だったであろう純粋なミュージシャンとしての成功を代行すべく、現代において挑戦している」。この公式「設定」は、デビューにあたっても、広く喧伝されるところとなった。

「設定」に過ぎないはずだった、ところが、その「設定」を超えて、「僕」たちはいつしかこの陰謀に巻き込まれる。

 嘘から出た真なのか、それとも――

 

 冒頭にいろいろと気取りすかした文学史やらのそれらしき先行作品に触れてはみたものの、それ以上に本書に重ならずにはいないひとりの人物がいる。

 その名を「芳賀ゆい」という。

 きっかけは『オールナイトニッポン』の新進気鋭パーソナリティ伊集院光の何気ない一言、はがゆいという形容詞の語感から生まれたこの会えないアイドルは、リスナーたちの投稿による肉づけを重ね、とめどない膨張をはじめる。

 CDデビューや写真集発売、週刊誌上での熱愛発覚程度ならば、お戯れの範疇を超えなかった。しかしいつしか社会現象と化した彼女は伊集院やリスナーの手を離れ、コマーシャリズムへと動員されていく。キャラとはおよそそぐわない放送局のイベント・プロモーションへとかつがれたり、番組内の設定にはまるで準拠しないインタビュー記事が出回ったりするようにもなる。

 私自身はこのムーブメントをめぐる一切の記憶を持たず、後に漏れ聞いたに過ぎない。しかしこのコントロール不能なインフレーションが、あくまで都市伝説的に語り継がれているからこそ、まさに自らの想像において消化するに際しても、あたかも追体験するかのような肥大化に胸ときめかずにはいない。

 ジョン・ケージの「433秒」、その楽譜には何が書かれているでもない。後に現代音楽の最高到達点のひとつとして讃えられるところとなるこの曲には、さまざまな解釈が与えられる。オーディエンスのレスポンスにそれぞれの会場の国民性が現れるだの、演奏者が構えている楽器によっても反応は異なるだの……と。しかし、これらのインフレーションがすべてケージの想定の範囲内で進んでいたはずはない。今なお伝説として語り継がれることにはその初演された日の天候は雨、席に腰をかけたきり鍵盤に手をかける様子のないピアニストを前にうろたえた観客を包み込んだ雨音をまさか作曲家は想定していない。

 

 そう、『ジャップ・ン・ロール・ヒーロー』に話を戻そう、インフレーション最高じゃんという話。

 あるいはそれをもって破綻ともいう、しかし無責任な一読者に言わせれば、それでいいのだ、面白くさえあれば。多少のネタバレをいえば、本書はその大風呂敷の回収場所を求めるように、「僕」らが巻き込まれた出来事にある種の必然性をもたらすギミックの説明を残して閉じる。あえて言う、しゃらくさい、と。どこに連れ去るのかも知らせないまま、読む者を巻き込んでいくこのドライブ感、その瞬間が爽快でさえあれば、なんでそうなるんだよ、という答え合わせなんて別にいらねえじゃん、と。

 突然、アルルがしゃがみ込み、腕を前方に投げ出した。カウボーイハットではなく、その連れの女の近くに座っていた老人の上腕にナイフを投げつけたのだ。ナイフはシャツを貫通してぷるぷる震えながら光る。血液がチェック柄のシャツに沁みていく。ナイフの突き刺さった左腕の先端から何かの金属が床に落ちた音がする。老人の足元に小さな拳銃があった。……老人の方は叫んだり泣き喚くこともなく、もう片方の手で冷静にナイフを引っこ抜き、アルルめがけて投げた。アルルは避け、ナイフは後ろのカウンターに刺さった。アルルは老人へと向かって走り、老人は座っていた椅子を彼女めがけて押し投げた。スライドして迫ってくるそれをアルルは飛び越え、空中で老人の顔を蹴ろうとする。老人はアルルの身体の下にもぐりこむように身を屈めた。店内の隅にいたいかにもギークっぽい小太りの黒髪の白人が、老人を射殺した。

 このスピードの他にエンターテインメントとして何を求める必要があるだろう。脳内に引き起こされるだろう、細かなカット割りの疾走感には、いかなるアクション映画をもってしても太刀打ちできるはずがない、なぜならば、視覚の処理能力を超えたインフレーションがこの刹那、読む者には喚起されているはずなのだから。

 耐えがたく鈍重なリアルにこんな愉楽が降り注ぐはずもないことくらい、誰だって知っている。

 

 ことばの中では何でも言える、何でも書ける。

 ことばという媒体の本性は、実にインフレーションにこそある。

 現実は決してことばを超えない。

 

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地球の歩き方

 

 世界を旅するようになってから、もう37年も経つ。

 20代の頃はバックパッカーをしつつ、各地で働き、30代では海外専門の添乗員となり、作家デビューしてからは、取材や執筆のために年に数ヵ月は海外にいた。

 気が付けば、今や世界の85ヵ国に行っている。

 そんな僕の旅のスタイルは、昔から変わらない。

 ラフな服装で、そんじょそこらをうろつき、どの町に行っても、地元メシ探しに精を出しているのだ。

 旅と名物料理はセットのように思われている。一方で、「名物料理にうまいものなし」という真実も同時に語られてきた。

 ところが、「地元メシには、まずいものなし」なのである。

 断言してもいい。

 そんじょそこらの地元の人に愛され、食べられ、定着している料理が、まずいはずなどないではないか。

 だから僕は、世界中を旅しているといいながらも、実は、世界のそんじょそこらをうろつきまわって、嗅ぎまわり、地元メシ探しに勤しんでいるのだ。

 

 近頃、あからさまに夏バテを来たした私、本を読むにしても、脳みそを1ミリたりとも使わずに過ごしたい、そんな日々にいかにもお誂え向きなタイトルを掲げるこのテキストを手に取る。

 ところが、本書にはいい意味で期待を裏切られる。異国を歩き回ってたどり着いた「地元メシ」が、見事なまでにその歴史や地理を反映してみせる、結果として、なんともありがたいことにうっかりとお勉強を消化してしまう。『桃鉄』がボンクラ小学生の地理力を爆上げしている、あの感じ。

 例えば、中国大連の焼肉店で食らうのは焼きハマグリ。聞けば、ホンビノス等の近縁種ではなく、戦前の満州統治下で霞ヶ浦から持ち込まれた、れっきとした日本ルーツのハマグリなのだという。しかも、中朝の国境線に横たわる鴨緑江で採れるこのハマグリの漁に従事しているのは、専ら北朝鮮サイド。理由は当然、人件費が圧倒的に安いから。日本に輸入される中国産と銘打たれたハマグリの多くにも、実はこのロンダリングのトリックが用いられている、という。

 スペイン語ではバカラbacalao、イタリア語ではバッカラbaccalaポルトガル語ではバカリャウbacalhau、いずれも干し鱈を指して言う。さしてタラが採れるでもない地域の食文化にすらも広く浸透して久しい。想像するまでもなく語源はみな同じ、バイキングがヨーロッパを制した名残りだという。ところが皮肉にも「地元メシ」として定着したのは11世紀頃、つまりはこの北方ゲルマンの支配力が衰退した時代、それに代わって台頭したカトリックが、肉食を禁じられた金曜のディナーとしてこのバカラオのニーズを生んだ。換骨奪胎との語がこれほどまでにはまる事例もそうはない。

 

 麺の伝播といえば、シルクロードをめぐる数千年単位の悠久の時の流れをつい連想してしまう。しかし、本書の「地元メシ」が伝えるその歴史は、もっと浅く、ゆえに時にディープなものとなる。

 インドネシアの島のゲストハウスで、ミーゴレンを注文する。ゴレンとは炒めることを指すとのことだが、出てきた麺には炒めてある形跡がない。筆者は目ざとくインスタント麺の空き袋を発見し、相手を詰めると、滔々と反論に遭う。曰く、この地域には生麺などないから、それが当たり前なのだ、と。インドネシアでは専ら「麵製造が華僑の手にゆだねられているせいで、地方で華僑が少なくなるほど、反比例してインスタントラーメンを出す店が多くなる」。

 そしてインドにおいて乾麺の伝道師を担ったのは、チベット人だった。そもそもは華僑がインドのごく限られた居住区にもたらした「チョウメン」の味を、1960年代以降に亡命した彼らが全土へと広めた。小麦といえば専らチャパティのように焼いて食べる、こねて切って湯がくなどという煩雑な作法にはとんと疎かったインドへと、である。

 

 しかも、こうしたローカライズを獲得した「地元メシ」が、普通に考えれば、まずいはずがないのである。なにせその地域のフード・カルチャーの文脈にはなかった新規ベンチャーが、あっという間に一定のシェアを占めるまでに上り詰めたというのだから、うまくてなおかつコスパに優るはず、と市場原理のお導きにその要因を求めるのがごく自然な推論だろう。

 意外なことに、というべきか、筆者によれば「ネット万能の時代の中でも、まだまだ地元メシまではたどり着けない」という。とはいえ、これとてさしたる驚きにはあたらないのかもしれない。映える、バズる、そんなアイポップなメシならば、とうに世界に紹介され、消費され、陳腐なものに成り果てているに違いないのだから。

 筆者はたちまち台北の街に撃ち抜かれる。

「安く提供する地元メシ屋が目白押しである。金勘定が先に来るような、薄っぺらなチェーン店など太刀打ちできないだろう。芳醇な料理のにおいだけでなく、ほんの小さな各店の、漲るやる気が町に横溢している。そんな個人商店の彩りが、観光客を魅了する。歩いて楽しい町になるのだ」。

 歩くことでしか見つからない地元メシがそこにある、だからなおさら歩きたくなる、だから僕らは旅に出る。スマホ越しにしかもはや世界を見ることができない者には決してたどり着くことのない「楽しい町」の歩き方がここにある。

 

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ノマドランド

 

 新橋駅西口SL 広場に隣接するニュー新橋ビルへ初めて入ったのは、およそ15年前、釣具店が目的だった。東銀座にある出版社での打ち合わせの帰りに立ち寄りやすい店を検索し、見つかったのがニュー新橋ビル2階の店舗だった。

「なんだか古臭いビルだな」と当たり前の感想を抱きつつビル内へ入ると、異業種が同じような区画で肩を寄せ合っている。蛍光灯に白く照らされた狭い通路は、まるで迷路のようで、自分がどこを歩いているかわからなくなった。……

 すべての通路が回遊できるように繋がっていて、行き止まりがない。まるで旅先の知らない街で今夜の宿を探すように、同じ場所を何度も行き来してしまう。

 階段脇に張られた案内図を確認してようやくたどり着いた釣具店はいたって普通のチェーン店だったが、以来このビルの、猥雑で、好き勝手な雰囲気に惹きつけられている。

 しばらく通っているうちに、自分に必要なものはほとんどこのビルの中にあるじゃないかとさえ思うようになった。……

 終戦直後の闇市に端を発し、その闇市を取り込むようにマーケットが建てられ、盛り場となっていった新橋駅前。1964年(昭和39年)の東京オリンピックの前後で東京都が進めた市街地改造事業によって、そのマーケットを壊して建てられた駅前の二つのビルが、再び再開発されようとしている。

 だが、まだビルの中には戦後から地続きで熟成されてきた物語がいくつも詰まっている。狙って作られたわけではない、異業種が入り交じることで醸されるノスタルジックな空気は、一度霧消してしまえば、二度と味わうことができない。

 

 ニュー新橋ビル、地下1階の近影。

 そこはもうシャッター通り、というわけではない。

 飲み屋の並ぶそのゾーンを私が訪れたのが、よりにもよって日曜の白昼だった、というだけの話。

 

「早く壊してほしい……店を辞めるきっかけになるから。もしもこのままビル壊さなかったら、私ずっと我慢してやるしかない。自分の人生、全部この店ですね」。

 ビルの中に残る、ただ一軒のスナックのママが言う。

 あまりに直截な物言いに虚を突かれる。数多の語り手によるここに至るまでの百数十ページが、この独白をもって見事なまでに腑に落ちる。

 必ずしもアスベストや耐震性だけが、築半世紀超えのニュー新橋ビルの賞味期限を規定しているわけではない。経営的な理由でもはや立ち行かなくなっているでもなければ、健康上の限界が差し迫っているでもない、そうした「きっかけ」の後押しすらも得られない人々によって形成された、何とはなしのモラトリアム、それがたぶん、この建物で「熟成された物語」の正体なのだから。

 

 定価の7割で仕入れて9割で売る、そんな濡れ手に粟の高い利益率を金券ショップが確保できていたのも遠い昔、軒を並べる数店舗が互いの価格をチェックしながら相場を決めるその結果、商品によっては望める上りはわずか0.5パーセントに過ぎない。もちろん、そこにはネット・ショップやオークション・サイトといった競合相手も待ち受けている。プラチナ・チケットの転売もとうに法律で禁止されている。両替による手数料ビジネスもキャッシュレス時代にあっては退潮を余儀なくされる。

 ギター片手に飲み屋をめぐるいわゆる「流し」の、新橋における最後のひとりに話を聞く。その稀少性から「もう独占企業でやりたい放題(笑)」かと思いきや、「なんてそんなことはないけどさ、もうどうでもいいやって心境だよ」。その住処は駅前のカプセルホテル、14600円。「死ぬ時は死ぬし、死ぬまでやるしかない」。

 それは客もまた、同じなのかもしれない。ある麻雀店の常連のひとりは、退職後に隠居した先の広島から月に一度上京しては、都内在住の友人たちと卓を囲む。こんな営みが延々と続けられるはずもないことを当人たちが分かっていないはずがない。麻雀だけならネットで打てる、話をしたければ電話でもチャットでもできる。でも、彼らにとってその場所は、なじみの新橋の、なじみの雀荘でなければならない。

 

 本書が誘うたまらない郷愁は何といって、ノマドではいられない人間の、地に縛られたその生き様を映し出すことにある。自らが暮らすその場所にホームを見る、そんな当たり前のはずのことが、なぜかひたすらに失われゆくノスタルジーを催さずにはいられない。

 仮にそこまで日本経済が続いたとして、来るべき再開発において、港区は新橋駅前の超一等地にはそれにふさわしい高級感を放つ商業ビルが聳え立つことだろう。そのスペースを埋めるのは、ポスト・ヒルズのマーケティング的ハイ・エンド、気の触れるようなホワイト、つまりは差別化を謳うブランディングによって提供される極めて均質な店舗の他にはあり得ない。銀座あたりの零落を見るにこの見立てすらも怪しいが、少なくとも既存のマッサージ店や個人経営のジュース・スタンドにはテナント代を負担することなどできない。かくして戦後の焼け跡以来の土地の記憶は断絶される。

 

「新橋しか知らないから」。

 筆者のインタビューに応じた口々から聞かれた弁だという。

「新橋しか知らない」人々が立ち退いた後でその場所に現れるのは、新橋すら知らない人々でしかない。

 

 

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2018年の伊調馨

 

 今でこそスポーツの一種と位置づけられているが、本来、レスリングはスポーツとはまったく関係のない戦闘技術そのものであった。……

 戦闘能力を磨くためには、筋力トレーニングと弓槍剣を扱う技術のほかに組み討ちのためのトレーニングが必要となる。

 すなわちレスリングである。

 スポーツとはすなわち、近代化された戦争をもって云う、レスリングの黎明期にあって、フォーマットも定まらぬ中で、強豪として台頭した国々を支えたのは、古より引き継がれし「戦闘技術」の系譜だった。

 例えばトルコの場合は「ヤール・ギュレシュ(オイル・レスリング)」、そのはじまりは14世紀のオスマン帝国に遡る。あるいはパキスタンの地にあっては「クシュティー」、ヒンドゥー文化によって培われたこの競技の歴史は1000年を超えるともいう。

 そして日本におけるレスリングがその祖型に求めたのは、柔道だった。

 旅客機などまだまだ望むべくもない、VTR技術もとても手の届かないその時代だからこそ、各々が伝統に照らした最適化解を模索する、結果、まるで梶原一騎の劇画の世界もかくやとばかり、それぞれのお国柄に見合ったキャラが立つ。

 しかし時は流れ1960年、「柔道の足技、剣道の間合い、合気道の手首の攻防、アメリカのタックルから後ろに回るゴービハインドの技術、トルコ刈り、イランのアンクルホールド、ソ連のハイブリッジしながらの投げ技、そして股裂き――」、これらのすべてを「科学的、客観的、総合的に」一冊の体系書へとまとめ上げる革命家が現れる。

 Scientific Approach to Wrestlingアメリカの地にて上梓され、間もなくレスリング関係者にバイブルともてはやされたこのテキストを著したのは、1956メルボルン・オリンピックのゴールド・メダリスト、Shozo Sasahara、あるいはこう表記した方が分かりやすいだろうか、その名を笹原正三という。

 

 かようなミームを引き継いでお家芸ともなり得た日本レスリングの世界は、ところがこの後皮肉にも斜陽の時代を迎える。

 理由はひとつは、レギュレーションへの適応を欠いたこと、さる外国人コーチの指摘、「日本選手がスタミナで優っているのは事実。試合時間が一時間なら、日本は世界のナンバーワンになるだろう。しかし、試合は5分間だ。強豪国はすべて5分間で最大限の力を出すトレーニングを積んでいる。日本がその練習をやっているとは思えない」。

 メソッドを理論的に構築できない、万事においてそうだった。とある元選手は悔悟とともに振り返る。「練習はいきあたりばったりだったし、最初から最後まで実戦ばかり。自分の長所と短所の指摘も、修正も、技術を習得するためのドリル練習も、試合展開のシミュレーションもまったくなかった。コーチは何も教えてくれないから、自分で気づくしかない。日本全体がそういう練習でした。これまで勝ってきた日本の選手は、練習方法も調整方法も技術も、すべて自分で編み出してきたんです」。

 

 長きに渡り「メダルキチガイ」(千葉すず)の需要を満たし続けてきた女子レスリングにおいても、否、ニッチ産業だからこそ、この悪しき伝統は寸分たがわず引き継がれていた。

 2012年のインタビューに既にその予兆はあった。

3歳の頃にレスリングを始めて、その延長線上で自然に身体が動くようになって、それまでずっと感覚だけでやってきました。ところが、まったく異次元のレスリングがあった。……偶然とか力づくではなく、理論通りにと言いますか。攻めるにしても、守るにしてもすべてが理にかなっていて、言葉できちんと説明できるレスリングです」。

 ところがこの「異次元のレスリング」に目覚めてしまった後の国民栄誉賞受賞者は、まさにそのアプローチを知ってしまったが故にこそ、冷遇にさらされていた。

 レジェンド、伊調馨が『週刊文春』に自身とコーチが受けた一連のパワー・ハラスメントを暴露したのは2018年のこと。

 男子選手の世界では半世紀前に既にその実効性を失っていた精神主義メソッドでも、女子レスリングならば世界を制することができた。すべて山の高さは裾野の広さによって規定される、狭小な箱庭は所詮狭小に過ぎないからこそ、うかつにも井の中の蛙にさえも成功体験をもたらしてしまう。当初、協会幹部はこぞって疑惑の火消しに回った、つまり、彼らは昭和スポ根そのままのカルト的流儀が今日においてもまだ何かしらの存在意義を有していることを信じて疑っていなかった。

 この問題を取り上げた調査委員会の報告書が酷評するには、「どれ一つをとって見ても、小さい、せせこましいというのが正直な感想である」。

 本書は単に「日本レスリングの物語」を伝えるに留まらない、紛れもなく、近現代の「日本の物語」の縮図がここにある。

 

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チェンジリング

 

 中学生ぐらいから、うーちゃんがネットで愚痴をつぶやく頻度はだんだん増えていきました。おまいもよおく把握していることでしょうが、かかがはっきょうし始めたかんです。……

 はっきょうは「発狂」と書きますがあれが突然はじまるんではありません、壊れた船底に海水が広がり始めてごくゆっくりと沈んでいくように、壊れた心の底から昼寝から目覚めたときの薄ぐらい夕暮れ時に感じるたぐいの不安と恐怖が忍び込んでくる、そいがはっきょうです。……

 かかは、ととの浮気したときんことをなんども繰り返し自分のなかでなぞるうちに深い溝にしてしまい、何を考えていてもそこにたどり着くようになっていました。おそらく誰にでもあるでしょう、つけられた傷を何度も自分でなぞることでより深く傷つけてしまい、自分ではもうどうにものがれ難い溝をつくってしまうということが、そいしてその溝に針を落としてひきずりだされる一つの音楽を繰り返し聴いては自分のために泣いているということが。

 

 精神病院への入退院を重ねるものの、「うーちゃん」はどこかで気づいている、「かか」がこの内攻から解き放たれる日はもう生涯訪れることはないのだ、と。そして、「うーちゃん」は刃を己に向ける。「かかをととと結ばせたのはうーちゃんなのだと唐突に思いました」。「とと」の浮気をトリガーに「はっきょう」の回路が発動したのならば、歴史のifを遡り、夫婦のかすがいととしての子、すなわち自分さえいなければ、そもそも「かか」は「かか」となることすらなく「はっきょう」に陥ることはなかったのだ、と。

 この設定に従えば、「うーちゃん」はあたかも自死を選ぶものと見える。しかしここにふたりに固有のロジックが関与する。「うーちゃんとおんなじように、かかは自分の肉と相手の肉とをいっしょくたにしてしまうたぐいの人間なんです」。すなわち、「うーちゃん」は「かか」であり、「かか」は「うーちゃん」である。ならば、いかなる「とと」も持たぬ存在として子を宿す「うーちゃん」から、ひとまずの「かか」の死の後、「はっきょう」を知らぬ無垢な「かか」は改めて生まれ直すことができる。

「うーちゃんはね、かかを産みたかった。かかをにんしんしたかったんよ」。

 果たして、腫瘍除去のための子宮摘出手術、限りなくノーリスク、を受けるべく「かか」が入院するその同日、「うーちゃん」はひとり無原罪懐胎を求めて紀州・熊野へ旅に出る。

 

 チェンジリング、そのモチーフは古今東西サンプルを欠かない。日本文学にその系譜をたどれば、誰をおいても大江健三郎の名を挙げぬわけにはいかない。

「孕まされて産むことを決めつけられるこの得体の知れん性別」をめぐる女性側からの再定義というジェンダー論もないことはないのだが、それが近現代フィクションにおいて新味を帯びているとも言い難い。取り替え子というすぐれて古典的素材に本書が付け加えた要素があるとすれば、それはすなわち、SNSの存在に他ならない。

「うーちゃん」が属するのは大衆演劇のファン・コミュニティ、鍵アカウントを用いて、その数人とオフ会を催すでもなくやり取りを交わす。学校生活は「かか」に巻き込まれるようにいつしか破綻、一応浪人中という体になってはいるものの、予備校なりに何かしらのサークルを持つでもない。

 そのいかにも象徴的なシーンが訪れる。山深くを進む電車に揺られるうち、ふと気づけば「うーちゃん」のスマホは圏外を表示する。他の乗客や、窓の外に点在する建物、地続きのはずの彼ら彼女らは、「うーちゃん」にとっては何ら社会を意味しない。「圏外」であること、SNSにつながらぬこと、家族と連絡が取れぬことはたちまち、「昔飛行機で十何時間もかけて行ったヨーロッパの国ぐによりもすっと遠いところに来てしまった感覚」を彼女に植えつけずにはいない。

 やがて彼女は思い至る、この「圏外」こそが「異国」に踏み入った証なのだ、と。「この、人に恐怖を抱かし圧倒する土地……記憶と想像のあわいにしかないような場所、決して住み着くことはないだろう場所」、ここになら「かみさまはいるかもしらん」、処女懐胎の奇跡も降り注ぐやもしれない。

 もっとも「異国」をさまようはずの彼女は、スマホの電源を断つこともなく、結局はアンテナを確保すると間もなくSNSに接続せずにはいられない。そしてつぶやく、「ひるから手術」、「もう最期かもしれないから、麻酔打つ前に話してきた」、やがて投稿するだろう、「母が亡くなりました」と。

 かつてアルベール・カミュが「きょうママンが死んだ」と書き、あるいはギルバート・オサリヴァンがその喪失を歌ったとき、彼らの母親はどうということもなくこの世に存在していた。全世界的なセンセーションの中で、受け手たちはまもなくその事実を知ってしまったことだろう。しかしSNSの中の「ラビ」の告白の真偽など誰もわざわざ確かめようとはしない。彼女が交わしてきたメッセージのすべてが実は自動生成のbotだったとしても、そこにさしたる驚きはない。

 互いに「肉」を分かつでもないSNSの中でならば、彼女はたやすく母殺しを遂行することができる。妊娠と出産を宣言するだけで、めでたく「かか」の生まれ変わりとして「とと」なき神の子の降臨も成就する。

 彼女が奇跡を呼び込める場所は、スマホの外に存在しない。

 

「自分がはっきょうしたのか手っ取り早く知りたかったら、満員電車にすわってみれ。ほかの席が満ぱんのぎゅうぎゅうまんじゅうなのにお隣がぽっかりあいていたとしたら、それがおまいのくるったしるしです。

 おまいがいないとき、かかには両隣を埋める人間はいないかん、うーちゃんは必ずかかを端っこに座らせて自分がしっかと詰めて隣に座ります」。

 熊野詣に乗り合わせる車中の他人にいかなる社会をも見出すことのできない「うーちゃん」は、排除の象徴としての満員電車の中で、その肉をもって隣の席を埋めることで、「かか」を辛うじてこの世に繋ぎ止める、すなわち、彼女自身をこの世に繋ぎ止める。ただし彼女は、弟である「おまい」ら親族を例外に、他の誰とも繋がらないし、繋がることを求めない。

「うーちゃんの属している社会はほとんどSNSと家だけに減っとりました」。

 そしてこの行きて帰りし物語は、単にかりそめの安全基地としてのSNSを削ぎ落として終わる。

 通過儀礼なき旅の果てに待ち受けるものは――さらなる自己参照の孤立の中で、遅かれ早かれ、彼女もまた「はっきょう」を余儀なくされる。もしかしたら、「かか」の死を送信したその刹那、彼女は既に「はっきょう」の向こう側へと渡ってしまったのかもしれない。

 

 ティーンエイジャー旅文学の金字塔Catcher in the Ryeは、「インチキ」な世界に「つかまえcatch」られる存在としてのホールデンが、「出会うmeet」ことへの気づきをもって世界との関係性を結び直して閉じる。

 しかし「うーちゃん」は誰と出会うこともない、そして彼女に突きつけられるのは、チェンジリングの不可能性でしかない。あくまで「かか」は「かか」のまま、メーテルリンク『青い鳥』のように旅というイニシエーションを通じてのパラダイム・シフトがもたらされることもない。

 なぜならば、ビルドゥングスロマンの前提としての成長という神話が既に失効しているから。

 不可逆の時の中で、ひたすらに彼女は彼女に幽閉される。天に召されるでも、地獄へと落とされるでもなく、何一つ変わり得ぬ自己参照空間を指して、それを例えば煉獄と呼ぶ。

 

 

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