Shut Your Mouth Off

 

 それにしても、なぜ呼吸の仕方を学ばなければならないのか? いままで生きてきてずっと呼吸をしてきたのに。

 この疑問は、たぶんあなたもいま抱いているだろうが、調査を始めてから幾度となく浮かんできた。われわれは命知らずにも、呼吸とは受動的な行動、ただするだけのものと思いこんでいる。息をすれば生きるし、息を止めれば死ぬのだと。だが呼吸はするかしないかの二択ではない。このテーマにのめりこめばのめりこむほど、私はますますこの真実を伝えることに力を注ぎたくなった。……

 平均的な読者はここから本書の終わりまで読むのに約1万回の呼吸を要するだろう。私が適切に仕事を果たしたなら、いまからあなたは息をするごとに呼吸とその最良の方法について理解を深める。1分間に20回、10回、口、鼻、気管切開、呼吸管、どのやり方をとっても同じではない。どうやって呼吸するかがじつは肝心なのだ。

 1000回呼吸するころには、現代人が慢性的に歯並びが悪い唯一の種であることや、それが呼吸に関連している理由がわかるだろう。……

 3000回目の呼吸をするころには、体を回復させる呼吸法の基礎を知ることになる。その、ゆっくりと長く息をする方法は……ごく最近になっていかに血圧を下げ、運動パフォーマンスを高め、神経系のバランスを整えるかがわかってきた。

 6000回目の呼吸をするころには、あなたは本格的な、意識的呼吸の世界に入り込んでいるだろう。……第二次世界大戦従軍兵の肺気腫を治療し、オリンピックの短距離走者を金メダル獲得に導いた。それもこれも吐く息の力を利用するだけで。

 8000回目の呼吸をするころには、体のさらに奥へと侵入し、何よりも神経系を活用するようになる。あなたは過呼吸の力を発見するだろう。呼吸を使って側弯症の脊柱をまっすぐにし、自己免疫を緩和し、氷点下の気温で体を過熱状態にする……

 1万回目の呼吸と本書の終わりに達するころには、あなたと私は肺に入る空気が人生の一瞬一瞬に与える影響と、その能力を息絶えるまで最大限に活用する方法を知っているだろう。

 

 なんでも本書の引用する研究によれば、「慢性的な不眠症は、長らく心理的な問題だとみなされてきたが、多くは呼吸の問題であることが明らかになった」。そればかりか、口呼吸と相関性があるらしいいびきや睡眠時無呼吸は「寝小便、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、糖尿病、高血圧、がんなどの原因になる」。

 一応、そのロジックらしきものも紹介される。例えば高血圧の場合、「一般的な成人は呼吸時に横隔膜の可動域の10パーセント程度しか使わないため、心臓に負担がかかりすぎ、血圧が上昇して、循環器系の問題が多発する」。ところが、「横隔膜の能力の50パーセントないし70パーセントまで呼吸を大きくす」るだけで、「心臓血管へのストレスを軽減し、体をより効率的に働かせることが可能だ」。

 大戦後のソ連にも、別なるアプローチから同様の結論にたどり着いた研究者が存在した。彼は、「呼吸過多こそ、複数の慢性疾患の原因だとの確信に至る。……呼吸を減らしてこの気体[二酸化炭素]を増やせば、体調や健康を維持できるだけではない。病気を治すこともできるのだと」。この理念を実践することで事態を劇的に改善させたという人物にインタビューをする。その彼は「10歳のときから重い喘息に苦し」み、「気管支拡張剤を1日最大で20回使い、ステロイドも併用して、症状を抑えようとしてきた」。しかしその常用の末に、「ステロイドが原因で視力が低下した。……つづければ、失明する。やめれば、息ができなくなって喘息の発作で死ぬかもしれない」。そこで出会ったのが、呼吸の回数を減らすというそのメソッドだった。曰く、「習って3カ月としないうちに、……1日に1回しか吸入器を使わないようになり、ステロイドはきっぱり断っていた。喘息の症状はほとんど感じないと彼は言い切った。50年ぶりに楽に息ができる」。

 

 読めば読むほど、通販の健康サプリを連想させるこのテキスト。そのすべてを真に受けようとは思わない。確かにそれはどこまでいっても、テレビショッピングにしばしば付される「個人の感想です」を越えるものではないのかもしれない。

 しかしこと本書においては、その「個人の感想です」の面白さが、どうにも否みがたいのである。

 そして事実、口呼吸の有害性を記すべく、10日間にもわたって、「シリコン製の栓で鼻孔をふさぎ、その鼻栓をサージカルテープで固定して、微量の空気も鼻を出入りさせない」、その被験者として自らの身体を差し出すというのである。

 変化はただちに現れた。「私の血圧はテスト前に比べて平均13ポイント上昇し、いまやⅠ度高血圧もいいところだ。……一方、神経系のバランスを示す心拍変動は急激に低下して、体がストレス状態にあることを示唆している。そして脈拍は増加し、体温は低下し、精神の明晰さはどん底に落ちた。……

 だが最悪なのはわれわれの気分だ――つまり、ひどい気分で、毎日すべてが悪化しているとしか思えない。/……アパートメントでひとり座り、人生に倦んでいる。笑い声のない悲しいシットコムに閉じ込められた気分になることも少なくない」。

 とりわけ深刻なのは、不眠だった。「この一週間半は毎晩、眠っているあいだにそっと首を絞められ、喉が閉じていくような感覚に襲われてきた。それは実際に喉が閉じ、私の首が締まっているからだ。……

 私のいびきは10日前に比べて4820パーセントも増えていた。……いちばんひどいときは、平均25回の『無呼吸イベント』が発生していた。つまり、重度の窒息状態だったわけで、酸素濃度が85パーセントを下回るほどだった。

 酸素濃度が90パーセント未満になると、血液は身体組織を支えられるだけの酸素を運べない。これが長引けば、心不全、うつ病、記憶障害、早世の原因となる」。

 実は、これに類似する実験は過去にも試みられたことがあった。もっともその観察対象はアカゲザルで、なおかつ期間は最長で2年にも及んだ。帰結は同じだった。「顔は長くなり、顎はゆるんで、目はどんよりする。

 口呼吸をつづけていると、体が物理的に変化して気道が変形する、それも悪くなるばかりだと判明した。口から空気を吸うと圧力が下がり、口の奥の軟部組織がゆるんで内側にたわみ、全体のスペースが狭くなって呼吸しづらくなる」。

 今となっては、ではない。こんな残酷ショーは1970年代ですらもぶっ叩かれていた。

 しかし、自らを進んで差し出す人体実験を誰に咎められる必要があるだろう。「効果には個人差があります」と弁明しつつ健康不安を煽り立てて金を巻き上げているわけでもない。

 他の動物を対象にすれば、あるいはそれは愛護精神に基づく糾弾を受けるやもしれない。しかしそのターゲットが自身となれば話は変わる。己が肉体を駆使したトライアルの数々に、セルフ・ハーミングとはおよそ対照的に、自らを愛する方法の実践をどうして見て取らずにいられるだろう。

 

 ちなみにこれは、鼻呼吸を実践したひとりの44歳男性の血圧データの一例。

 

 そもそも生きるということに、終わることなき日々のデータ・サンプリングという以上の意味はない。

 

カジノロワイヤル

 

 日本による真珠湾攻撃の二週間後、ウィリアム・“ワイルド・ビル”・ドノバン大佐――アメリカで新たに設立された中央集権的情報局である情報調整局の長――は、ホワイトハウスの西棟へ入っていった。……

 彼の胸の内には、燃えるような決意があった。……

 ドノバンは膝の上で書類鞄の位置を直した。「もう一つお願いがあります、サー」

「何でも言ってくれ――陸軍と海軍から情報源を奪い取らないかぎりはな」

「それはありません」

「よし」と、〔フランクリン・デラノ・〕ルーズベルト。

「あなたのご賛同を得て、アメリカの戦争関係の機関のために、敵国の新聞、書籍、定期刊行物を取得する委員会を設立したいと思っています。……」

「その特別な集団の職員は、どういうひとたちがなるんだ?」

「図書館の司書です」

 ルーズベルトは目を見開いた。

「正確には、マイクロフィルムの専門家です」ドノバンは言った。「職員は、リスボンやストックホルムといたヨーロッパの中立の街に配属されます。そこで、議会図書館のために資料を集めているアメリカの役人のふりをする――目下のような世界的危機において、書籍や定期刊行物を保存していようとしているというわけです。職員たちは書店や秘密の経路を使って枢軸国の刊行物を注文する。刊行物が手に入ったら、それらをマイクロフィルムに撮る――大きさと重さを削減するんです――そして分析のために、合衆国かロンドンのCOI[情報調整局の略号]情報部に送る」……

「司書か」ルーズベルトはつぶやいた。ペンを手にして、指で挟んで回転させた。「本気で考えているのかね?」

「敵の情報を得るのに、まさに必要な人材です」ドノバンは身を乗り出した。「サー、ヨーロッパにマイクロフィルムの専門家を配置するのは、必要不可欠です」

 

 以下、そこそこにネタバレる。そしてそこそこブチキレる。

 

 全米広しといえども、その職務を全うするにマリア・アルヴェスほどに適格を満たした逸材は他に存在しなかった。当時の先端技術であったマイクロフィルムを操作するスキルの卓越はもちろんのこと、ポルトガル出身の父とドイツ出身の母の間に生を享けて6ヵ国語に精通、もちろん司書としての資格も有している。にもかかわらず、彼女に声がかかることはなかった。なぜならば、彼女はアイヴィー・リーグの出身者ではなかったから、つまりその条件が暗黙に示唆するホモ・ソーシャルの一員ではなかったから。

 あからさまにゲルダ・タローをモデルとする、報道写真家として世界を渡り歩いた末、スペイン独裁政権の凶弾によって命を奪われた母に代わってファシズムを撃退する、その使命感に燃えたぎるマリアにとって、職務は天啓としか思えないものだった。壁に跳ね返され続けるもそれしきで諦める彼女ではない、そこで一計を案じる。このプロジェクトを立ち上げたドノバンに直訴すればいいではないか、と。

 折しも彼女は、ドノバンをゲスト・スピーカーに招いたセレブリティ向けの講演会が近々ニューヨークで開催されることを聞きつける。そしてここから司書の本懐を発揮する。アーカイヴズを活用して情報を紐づけることで、見事にパーティーへの潜入に成功し、そしてめでたくポストを射止めてみせる。

 

 もっとも司書という設定がストーリーの展開において生きてくるのは事実上ここまでである、と言ってよい。以降は何をしているかといえば、マイクロフィルム云々は見る見る後景へと退いていき、いかにもありがちなスパイ小説の典型を踏襲していくにすぎない。というよりも、冷静に振り返れば振り返るほどに、うら若きヒロイン――当時の27歳をそう称すべきかはともかく――による驚くほどに古臭いハニー・トラップものなのである。

 

 この後、タイトル通りにリスボンに派遣されるマリアは、その地において協力者となる書店経営者ティアゴ・ソアレスと出会う。確かにふたりには共通項がある、つまり、ファシズムを憎悪するということにおいて。彼の場合、ユダヤ人の祖父母をナチスによって拉致されていた。しかし、そのポイントのみで押し切るのならば、彼らが書籍を生業とする設定は必ずしも不可欠なものではない。ふたりを結びつける何かしらのテキストをめぐるエピソードというのが、ひとつとして描かれないのである。

 それはごくごくベタなものであっていい。秘密警察による監視網をかいくぐるべく、双方に共通する思い出の一冊を暗号に用いることで情報伝達を完成させて、当局の連中に一泡吹かせてやる、とか。その程度のことすら起こらぬままラヴ・ロマンスを展開されても、今さらそれかよ、なただの一対のオスとメスの交尾を読まされている、という以上の感慨など沸き上がって来やしない。

 

 それとはおよそ対照的に、本来ならばこの小説が踏襲すべきだった路線が筆者自身の手によって明確に示される。

「チャーチルは、イギリスにきみを迎えて楽しかったと言っていたよ。イギリスの機密情報を無制限に見ることを許すとは、よほどきみに感心したにちがいない。戦争の話を共有できたから、彼の気持ちをつかめたのかな?」

「そうかもしれません」ドノバンは言った。「いや、詩かもしれませんね」

 ルーズベルトは眉間に皺を寄せた。

 ドノバンは言葉を思い出しながら、大統領を見た。「“軍馬、ずぬけた軍馬、するどい金属の剣。崇高な心にとってそれ以外は無価値、地上のその他は卑しい”」

 大統領はにやりと笑った。

「19世紀の詩、ウィリアム・マザウェルによる“騎士の歌”の冒頭です。チャーチルもわたしもこの詩を知っていて、一緒に暗唱しました――一語ずつね」

「何についての歌なんだ?」

「勇気。名誉。そして戦士になろうという強い衝動です」

 なぜマリアとティアゴの間に同じような物語を打ち立てることができなかったのだろうか。

 

 そしてある面では、歴史ものの弱みがクライマックスに近づくにつれて露見する。なお、この段階で既にアーキヴィストならではの熟慮を期待することなど、読者はとうにやめている。

 やがて二重スパイを引き受けることとなったマリアは、枢軸国側に偽情報を摑ませることで、まんまととある歴史的な作戦の成功に貢献するのだが、第二次世界大戦の帰趨を少しでもかじっていれば、ほのめかしやじらしでいくらもったいぶられたところで、そこにタイト・ロープのスリルは生まれない。しかもそのプロセスにおいて、例えばクエンティン・タランティーノが『イングロリアス・バスターズ』の中で映画という媒体の特性を生かして行ったような何かが、テキストを用いて講じられることはない。そしてもちろん、マルチリンガルなマリアがクリストフ・ヴァルツに伍する魅力を放つこともない。

 挙げ句の果て、『007』シリーズの七つ道具よろしく、スパイ・アクション未満の何かで締めくくられた日には、結局のところ、剣はペンより強し、とでも伝えたいのか、という感想にすら導かれざるを得ない。

 

 テキストでしかできないことをして欲しい、テキストでしか読めないものを読ませて欲しい、果たしてこれはないものねだりなのだろうか。

 

おんどりの鳴く前に

 

 日本でカトリック、プロテスタント、正教会など主流派に属するクリスチャンは約105万人、総人口の0.8%に過ぎない。そのうち定期的に教会に通うのは20万人程度、つまり約0.16%と見積もられる。……

 それにもかかわらず、私たちの身近にはキリスト教の文化や施設が存在する。キリスト教系の教育機関は幼稚園から大学まで全国に点在し、結婚式の約半数がチャペルで挙げられる。アニメやゲームでは、聖書の物語が想像力の源泉として消費される。……この「信者の少なさ」と「文化的広がり」の奇妙な落差は、これまでも多くの論者を惹きつけてきたテーマである。

 本書でもこの手強い謎に挑むが、従来とは異なる角度からアプローチする。その鍵は、教会の中ではなく、私たちの本棚に眠っている。すなわち、今日まで150年以上にわたり書きつがれてきたキリスト教入門書である。……

 キリスト教入門書は時代を映す鏡でもある。書き手がキリスト教を受け入れない日本人をいかに捉え、キリスト教の何を、どのように伝えようと苦闘したか――その軌跡に他ならない。したがって、キリスト教入門書の系譜をたどる旅は、少数派の視点から描かれたもう一つの日本人論・日本社会論をふり返ることでもある。

 

 確かに本書は、ベストセラーと呼んで差し支えないだろうメジャー・タイトルをめぐって、コンパクトな内容説明と著者の略歴を解き明かすことにおいては優れているのかもしれない。その点を満たせてさえいれば十分ではないか、と私としても思わないことはない。

 しかし、である、読めば読むほどにどうにも隔靴掻痒のもどかしさに駆られずにはいられないのである。というのも、ここに紹介される人々というのは、基本的には既に入門というレベルをとうに越えているわけで、本来的に「奇妙な落差」を論じるために必要なのは、なぜに彼らがその外側への波及効果を今日に至るまで持つことができないのか、というミスコミュニケーションのはずなのである。

 開国後の日本におけるキリスト教布教を語るとき、その重要人物として内村鑑三を挙げることに異論を唱えるものはまさかあるまい。彼の直系弟子である矢内原忠雄と南原繫が戦後に失地回復しついには東京大学の学長を担うこととなった経緯なども、既に遍く知られるところである。しかしその濃密な関係性を解き明かすことは、かえって「奇妙な落差」を印象づける作用しか与えないようにしか私には思えない。つまり、信仰の前提としての師弟の物語を強調すればするほどに、ダンバー数によって事実上規定されるだろう閉じたコミュニティのおこぼれにあずかる余地などない一般人が、キリスト教に隔絶を見てしまうのはむしろ必然なのである。そんなものは自分たちの与り知らないところで進行している、陰謀論の中の秘密結社じみた何かでしかないのだから。

 あるいは彼らの中には、個人的な原体験に基づいて、ほとんど召命でも授かったかのごとくにキリスト教へと吸い寄せられていった者たちもいる。その最右翼が、二・二六事件で実父を銃殺される姿を幼くして目撃した渡辺和子である。PTSDということばでも語り尽くせぬほどの壮絶なエピソードを味わわなければ、あえて日本というコンテクスト下ではキリスト教には向かわないのか、というのはいくらなんでも皮相に過ぎる誤読なのだろう。しかしここには、「奇妙な落差」を説明するにおいて、本書のアプローチがどうにも食い合わせが悪いそのヒントを与えてくれているように思えてならない。著書をしたためずにはいられないほどの衝動を味わい、そしてそれが一定のインパクトをもって社会によって受け止められる、このような僥倖に与した例外中の例外のような人物を取り上げれば取り上げるほどに、むしろそんな境地など知る由もない有象無象の一般市民との溝はかえって深まっていく、互いにとっての見えない化は進行していく。

 むしろ本書がフォーカスしなければならないのは、遠藤周作や三浦綾子、曾野綾子といった当代のメガヒットがどのように読まれたのか、ではないのだろうか。彼らが自らの敗因を適切に分析しフィード・バックできていたら、絶滅が危惧されるような状況は生まれていない。書き手をいくら紐解いても「奇妙な落差」をめぐる謎は晴れない、それらは専ら受け手たちの側の問題であるに違いないのだから。例えば『沈黙』をめくる中で、彼らがいかにしてその小説からキリスト教の要素をデオドラントして受容していったのか、その点を明かさずして「奇妙な落差」に迫れるようには思えない。

 

 そのブレイク・スルーを求めるとき、鍵のひとつは渡辺和子の歩みによって暗示される。「置かれた場所で咲きなさい」というあまりに通俗的なその人生訓は、まるで自己責任論のキャッチコピーであるかのように今や広く人口に膾炙する。しかし、所詮は腐り切った社会のルール・メイキングへの異議申し立てに対する口封じでしかない荒唐無稽なこのフレーズをささやくとき、キリスト教の教義が誰の脳裏をかすめていくだろう。

「悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」(マタイ 5:39)との文句は、「悪人」が「悪人」であるという共通了解ゆえにこそ成り立ち得る、唯一の抵抗手段なのである、殴り返す術を持たぬものによるプロテストなのである。「悪人」の「悪人」による「悪人」のためのクズ過ぎる世界の中で、イエスによって語られるそれは、惨めで稚拙な宗教おばさんとは異なり、決して現実への肯定や権力勾配への屈従の勧めではない。本書で一章を割り振られる某ミッション・スクールでただの1秒たりとも得るもののない空白の6年を過ごした私としては、ナザレのイエス・ファンクラブ会員の私としては、そう思わずにはいられない。

 天にましますわれらの父よ、まさしく「沼地」を具現するその場所で、誰がそんなことを教えようとしただろう。

 

「沼地」は「沼地」のまま、変わらない、変われない。

 奇しくも『沈黙』のストーリーに触れる中で、かつて布教に燃えた宣教師の挫折が語られる。

 禁制や迫害がなくても、日本にキリスト教は根づかなかった。日本は「恐ろしい沼地」であり、キリスト教という苗を植えても、すぐに根から腐ってしまう。

 

ゴールデンカムイ

 

 姉崎等さんほどクマの心を知っている人がこれまでいただろうか。姉崎さん自身も「クマの心がわからなければクマは獲れない」と言う。まさにその通りで、本書を読めば、ここまでヒグマの心がわかる人は他にいないのではないかと誰しもが納得するに違いない。

 姉崎さんはアイヌ民族最後のクマ撃ち猟師である。アイヌ民族は、もともと狩猟採集を中心に暮らしを営んできたといわれる。山菜や木の実の採集や川漁の伝統的な知識は今も受け継ぐ人がいるが、狩猟に関しては、北海道でヒグマ猟が禁止となり、それ以後クマ猟を本職とした猟師も次々といなくなり、今では姉崎さんただ一人となってしまった。ヒグマをカムイ(神さま)として敬ってきたアイヌ民族の長いヒグマとの歴史の中で、伝統的なクマ猟を本職とする人は姉崎さんしか残っていない。

 

 クマと神、奇しくも頭韻を踏むこの両者を、姉崎の暮らす千歳周辺の方言ではひとまとめにカムイと呼ぶ。古来より、アイヌ民族においてクマとはすなわち神だった。

 姉崎が猟師として活動したのは専ら戦後のこと、その「時代には車という便利なものがあって」、既にカムイを送り出すための儀式も簡素化されていた。死骸を山から降ろして、自宅なりで解体し、頭を供えて、祈りを唱え、そうして「カムイホプニレ(神の魂送り)」を遂げる。しかし、すべてのカムイがカムイとして葬られるわけではない、とも付け加える。「たとえば人間を襲ったり、人をあやめたクマがいると、普通のクマのときは家の中へ入れて神様としてホプニレ(魂送り)するんだけど、人をあやめたクマは家の中へはいれないんですよ。……人を食べたクマは、一度人間を食べたらもう餌だって考えているんです」。

 このような証言を聞けば、必ずや人々はヒステリックな反応に駆られることだろう。やはりクマは害獣なのだ、もはや共存などという夢物語を謳うことはかなわないのだ、と。

 しかし姉崎は釘を刺す。

「やっぱり、『クマが怖い』ものだっていうその言葉が怖いんだよね。クマは本当に怖いのか。子どもたちにおばけが出るよ、怖いよって言ってもおばけが本当に出たことはないんだから。

 だからそれと同じでクマが怖いものだというのはおばけと一緒でその言葉が怖いんです。だからクマが暮らせるようなある程度の環境を作ってやると、クマはそんなに怖くないんだってわかると思う」。

 

「私は、クマを自分の師匠だと本気で思っています」。

 冒頭、姉崎はそう断言する。

 彼のことばの裏付けは、ひたすらのその観察眼に由来する。まさに彼はクマの生態の何もかもを師と仰ぐクマから目で盗んだ。

 彼が推察するに、冬眠中のクマは何も食べない。穴に潜るその準備に入ったその印は、餌によって知られる。その時期に差しかかると、主食のドングリを絶って、繊維質の強い木の皮などを少量口に入れて、肛門に栓をするように「止め糞」を作る。

 それまで、この行動はクマ牧場のスタッフですらも把握していなかったという。しかし「私は独りハンターなので、誰にも、何でおまえそんな馬鹿なところを見てるんだと言われないので、自分の思う通りに解体できるんですよ。自分が気の済むように解体して、自分で納得いくように観察するから、自分が関心を持っていることに手間ひまかけるんですよ」。

 彼自身は過去に何かしらの研究機関で学術的なアプローチを授けられたわけではない。それどころか、家計を支える必要から尋常小学校にすら満足に通えていない。しかし彼には紛れもなく学ぶ力があった。先にアイヌの伝統儀式こそ引いたが、実際には、誰かが彼に手取り足取りしてくれたわけではない。異端の境地にあって、ただ唯一、クマが姉崎のポテンシャルを引き出した。

 アリストテレスやガレノスをいったん閉じて、まずは実物をひたすらに観察する、そして仮説に基づいてトライ・アンド・エラーを繰り返す。知ってか知らずか、姉崎の踏んだ手順には、ルネサンス、近代以来の学問のエッセンスが凝縮されていた。

 他でもない、クマがそうさせた、知的好奇心がそうさせた。

 

 先頃、58歳にして京都大学の門を叩いたという人物が記事になり、間もなく一部からの誹謗中傷にさらされた。老害の道楽と引き換えに、若者ひとりがエリート・キャリアを歩む可能性が断たれてしまうなんて、つまりはマネー・メイキングの機会が奪われてしまうなんて、とか、旧帝大に投入されている税金の無駄遣いだ、とか。

 見事に彼らは語るに落ちる。所詮、彼らが欲しているのは学歴であって、学力ではない。

 いみじくも一切の学力を持たない彼らの目には、姉崎は無学な存在としか映らないことだろう。姉崎の唱える説とて、それってあなたの感想ですよね、としか響かない。彼らには、学ぶ力を体現する姉崎の像など、決して捉えることはできない。

 

 そのひとつの実践例が、クマの頭数をめぐる概算である。

 クマの生態を知らない一部の行政関係者たちは、樹木の性質を等閑視して、森は森と十把一絡げにフェルミ推定からスケールを割り出そうとした。しかし姉崎は粗雑極まるその見通しを一蹴した。「面積から割り出しても針葉樹の植林ばっかりのところにクマはいないですからね」。ある年のこと、クマに発信機を取りつけた北大の研究者チームが、姉崎の助言に従って実際のルートを追跡した。果たして姉崎の読み通りにことは進んだ。

 その彼が言う。「いいまは自然林というクマが好む山がほとんどないんですよ。千歳の山全体はもうクマが野生で暮らせる自然の山というのはないんですよ。だからクマがいれば人里近いところへ出てくる」。もとよりクマは山深くを決して好むものではない。餌のドングリも豊富、日光浴も不可欠、となれば、ある程度、生活圏が重なるのはもとより必然なのである。人の目につくのはむしろ当たり前、その上で、人間を敬して遠ざけるクマの態度によって辛うじての均衡は保たれてきた。だから実際、と姉崎は言う、クマを知らない人々の先入観とはあまりに異なって、「大きいクマだと知るだけで私の場合は少し安心なんです。/……大きくなるまで、悪さをしないで育ってきたんだな。だから大きくなったんだなって」。一度人間によって認知されてしまえばたちまち、ターゲットとして狩り取られる運命がロック・オンされてしまう。かつては、そうならずに済む共存のバランスを、専らクマの警戒心に依存するかたちでキープできていた。

 しかしその幸福な時代は過ぎ去った、と姉崎は言う。ただでさえ森林伐採でクマの好む広葉樹やツル植物が一掃されたところに、渓流釣りやらで侵入した人々が残していったゴミを通じて、例えばプラスチックにわずかに残ったカップラーメンの香りをクマは覚えてしまった。「食べ残しをみな持ち帰るようにすれば、クマは人の後を追わないですよ」。こうしたガイドラインを守りさえすればわざわざクマが人に接近していくことはない、しかし姉崎は肩を落として語る、「規則をよしんば作っても、クマの方は守るかもしれないけど、人間の方は守らないでしょう」。

 そもそもクマは雑食性である。人間を餌にすることにさしたるインセンティヴは担保されていない。それこそ人肉の味を覚えてしまいでもしない限りは、本来的にはあえて手出しすべき理由がこれといって存在しないのである。証言を裏づける目撃者がいないとはいえ、現に、姉崎は過去に幾度となく至近距離で対峙しつつも無傷で戻った、それどころか体躯においてはるか勝るクマを戦利品として持ち帰ることすらできた。少なくとも姉崎の経験主義による限り、季節の風物詩と化したクマ狂騒曲とて、人間サイドが一方的にテリトリーを侵犯してしまったがゆえに起きている、ほとんど被害妄想なのである。

 それでもなお、彼らは被害者意識をむき出しにして、己が身の自衛を叫ばずにはいられない。「だから、クマはクマなりの存在価値があって、この世界になくてはならないものだと思うんですよ」、姉崎の嘆きはまさか彼らに届かない。

 現実を見ることのできない彼らが、安心と安全のために、排除に次ぐ排除を繰り出した先に何が残るか。カムイという師よりの遺言を姉崎は伝える。「だから生きているものには、それぞれの働きがあるんです。人間だけが生きていればいいと考えていると、人間も最後にはひどい目にあって死んでしまうと思うんですよ」。

 無知はいつだっておぞましい。

 

卒業

 

「奥崎謙三さんに直接会ってみたいんですが」

「そうか、それなら私から君たちが訪ねていくことを電話をかけておくから。それからこれを渡しなさい」

 今村昌平監督は、そう言いながら、原一男君を紹介します、と書き添えて、自分の名刺をくれた。

 数日前、これをやってみる気はないか、と今村監督から『田中角栄を殺すために記す』と、どぎついタイトルのついた奥崎謙三の自費出版の分厚い本を渡され、読んで、どんな人物か会ってみたくなったのだ。

 昭和56年12月、私は永年の相棒であり、妻であり、わが疾走プロダクションのプロデューサーである小林佐智子と、神戸へ向かった。……

 頬の骨が極度に張って、私が今までに会った誰よりも窪眼の奥崎謙三の顔は、近接の距離から私たちをハッタと見すえて、“立て板に水”どころではない、滝の落下する水の勢いにも匹敵するエネルギーだった。小林と私は、ただ、ハア、へー、ふーむ、ホー、の相槌のみ。完璧に奥崎の気魄に吞み込まれていた。奥崎の激しさ以上に、話の合い間に時折見せる彼の笑顔は、不思議な魅力があった。“ジャングルを彷徨する幽鬼のよう”な表情が一変して、妙に人なつっこく、いたずらっぽく、優しく、愛らしく、映ったのだ。この笑い顔、俳優の野呂圭介に似ていると思った。今にして思えば、奥崎のこの笑顔にコロリと参ったのかもしれない。

 

 あくまで映画は、本書を楽しむために添えられた補足資料にすぎなかったのかもしれない。どう考えても、カメラを止めたその裏側の方が抜群に面白いのだから。

「奥崎さんの車が、赤十字病院に入っていく場面を撮りたいんですが、ついでなら警視庁のパトカーにも特別出演してもらいたいですね」

 奥崎は頷いて、警視庁の覆面パトカーの方へ近寄っていった。私も少し遅れて奥崎についていった。奥崎が、ひと言、ふた言、話す。すると聞いていた刑事、ニコッと笑ったのだ。エッ、OKなの!? ……カメラポジションを決める。奥崎の車と覆面パトカーに、位置についてもらう。車間距離は、車のスピードは、と助監督に指示を出し、それぞれ伝えに走る。ファインダーをのぞきながら、あ、ついでなら、パトカーのピカピカ灯も点けてもらおう、と刑事に交渉するよう、助監督に走らせる。ちょっと悪ノリしすぎたかな、とチラッと後悔の念が脳裏をかすめたが、助監督がOKサインを出しながら戻ってくるのを見た時、ドラマのアクションシーンを撮る時の興奮状態へと、気分は一気に昂揚していた。

「ヨーイ、スタート!!」

 奥崎謙三の車と覆面パトカーがカメラの前を走り抜けた。一発、OK!!

 このシーンだけが特別なのではない。不謹慎と言われようが構わない。この「制作ノート」、全編抱腹絶倒なのである。

 ドキュメンタリーは嘘をつく。

 あっさりと奥崎の掌で転がされる自らの不明にほとほと呆れ果てる。

 

 とはいえ、YouTubeにて作品を鑑賞する最中、後づけの言い訳でもなんでもなく、私にもある種の予感がざわつかぬではなかった。

 例えば「田中角栄を殺すために記す」、こんなメッセージを掲げた愛車を走らせるには、その行為がどのように周囲から受け取られるかについて、己を相対化して計算する目線が必ずや作用しているはずなのである。むしろカリカチュアをあくまでカリカチュアとして引き受けているからこそ、過剰性をセルフ・プロデュースできる。

 ヤラセなんてことばをはるか突き抜けて、そもそもからして奥崎の一人舞台なのである。

 この独擅場にふと私は尾崎豊をオーバーラップさせる。遠い昔、彼の歌詞を一通り読み込んだ私は、ひとつの結論に至る。彼はそこに記された価値観をまるで信じていない。他人事だからこそ演じられる、これだろ、お前らが欲しいのって、と。しかし教祖へと祭り上げられた彼は、やがて自ら構築したはずのキャラに押し流されて自壊した、それは例えば『FRIDAY』の悪ふざけを内面化させて番長キャラへと呑み込まれていった清原和博に限りなく似て。

 

 しかし考えれば考えるほどに、奥崎と尾崎はむしろ対照的な存在なのである。「世界広しといえども倦まず弛まず、奥崎謙三の見せ場を考え続ける演出家は、奥崎謙三以外には存在しません」。たとえ映画が奥崎の〈演技〉を捉えたものにすぎなかったとしても、そこには奥崎自身による脚本・演出が反映されずにはいない。〈演技〉が〈演技〉にすぎなかったとしても、そこには〈演技〉の一語では片づけられない何かが映り込んでいる。

 奇しくも本書所収の対談の中で、井出孫六が指摘する。

「戦後、昭和22、3年頃と思うんですけれども、続々日本軍兵士が海外から復員をして帰ってきますね。……列車中が戦争体験の話です。全国でそういう語り合いが行われた。

 それが、ある時、スーッとなくなっていくみたいな時期があった。そこで、ある種の昇華がすんでしまって、みんな戦争を終わりにしたというようなことがあったと思います。それからは、毎年毎年忘年会で、軍歌を歌い、同僚を弔いと、戦争そのものは意識の中から消し去られていく。……

 それが奥崎さんの場合には違っていて、ずっと残ってきたと思うんだけれども、日本人の忘れっぽさと、奥崎さんがずっと持ち続けている戦争に対する怨念に近いような気持ちをどういうふうに感じましたか」。

 カメラの前の奥崎から滲むこの異物感は、果たして彼の〈演技〉なのだろうか。処刑や人肉食の過去はどこへやら、まるで多重人格かのように平凡な一市民としての生活を営む帰還兵たちのつつがなき日々を侵食する存在として、奥崎は突如として現れる。むしろ私には、彼らの一切合切こそが〈演技〉と映ってやまない。あるときは兵士を演じ、あるときは庶民を演じる、それぞれの時代文脈の中で割り振られた役柄に適応したに過ぎない、脚本に従うだけのマリオネットのどこに責任があるというのか、そうして彼らは受忍論にしがみついて離れない、それもまた、〈演技〉の一様式として。周知の通り、パーソナリティの語源はペルソナ、すなわち仮面。この世のすべての人格は付け替え可能、付け替え不要。確かに、激昂の末に度々繰り出される暴力は、撮影隊や警察官の存在を踏まえた末のパフォーマンスなのかもしれない。しかしそこに現れているのは、〈演技〉できない奥崎なのである。〈演技〉によって己を蝕まれることすらできず、戦場にひとり舞い戻り取り残された奥崎なのである。

 この〈演技〉は、いかなる名優を持ってすら代えが利かない。

 

 レビューに際して読み返して手が止まる。序盤早々に何もかもが予告されていたではないか、と。

 奥崎不在のあるとき、原が妻に尋ねる。

「奥崎さんは、いつからあんなによくしゃべられるようになったんですか?」

「へえ、不動産屋さんを殺して、10年間独房におりましたやろ。そこから出てきてからですわ。それまではね、ほとんど喋らしませんでした。もの凄う、無口でね」

 刑務所の中、「昇華」できぬまま、彼の時間は止まる。そしてやがて巻き戻る。

 拘禁反応の他者なき内攻の日々が奥崎を変えた。もはや変わることのできない、〈演技〉のできない存在へと奥崎を変えた。