2024-01-01から1年間の記事一覧

シック・オブ・マイセルフ

昨夜の記憶がありません 作者:サラ・ヘポラ 晶文社 Amazon 怖いもの知らずになりたくて酒を飲んだ。でも、30代半ばになる頃には、四六時中びくついていた。ブラックアウト中に自分がなにをしゃべったのか、なにをしたのか。やめなくちゃと思うと不安だった。…

身内のよんどころない事情により

院内カフェ (朝日文庫) 作者:中島たい子 朝日新聞出版 Amazon 「売れない作家だから、バイトしてるだけ」 そんな「私」が勤める院内カフェというのは、いかにも不可思議な場所である。 病院の中にあっても、ここは病院の管理下にはない。薄いベージュのリノ…

如何なる星の下に

ソース焼きそばの謎 (ハヤカワ新書) 作者:塩崎 省吾 早川書房 Amazon 私は『焼きそば名店探訪録』という、焼きそばの食べ歩きブログを運営している。ブログを開設したのは、2011年の東日本大震災がきっかけだった。…… 貴重な食文化が失われてしまうことに危…

ひらいたトランプ

廃遊園地の殺人 作者:斜線堂 有紀 実業之日本社 Amazon 主人公は眞上永太郎、27歳、しがないフリーターのコンビニ店員。もっともそれはあくまで世を忍ぶ仮の姿、彼にはもうひとつ廃墟を取り上げるブロガーとしての顔があり、界隈ではかなりの人気を誇る。 「…

茶色の小瓶

ビールの教科書 (講談社学術文庫 2558) 作者:青井 博幸 講談社 Amazon 日本は経済大国でありながら、ビールについては寡占市場であったためか、あるいはビールの酒税が高くて割高な飲料であるせいか、あまりにも貧しい楽しみ方しか用意されてこなかった。ど…

バグダッド・カフェ

常識のない喫茶店 作者:僕のマリ 柏書房 Amazon 「働いている人が嫌な気持ちになる人はお客様ではない」という理念が、この店を支えてきた。お金を払っているから何をしても許されると思っている人は絶対に来ないでほしい。店員にも感情があるのだ。理不尽な…

遠くへ行きたい

テレビマン伊丹十三の冒険: テレビは映画より面白い? 作者:今野 勉 東京大学出版会 Amazon 私は、本書で、「テレビマンとしての伊丹十三」について書くことを託されています。 私が初めて伊丹十三さんと仕事をしたのは、昭和41(1966)年11月、シリーズ・ド…

虎に翼

女たちのベラルーシ: 革命、勇気、自由の希求 作者:アリス・ボータ 春秋社 Amazon 2020年のベラルーシでの出来事は、とんでもなく野心的な脚本家がネットフリックスの連続政治ドラマのためにひねり出した筋書きのようで、あまりに予想外の展開であった。ある…

人にやさしく

自分以外全員他人 作者:西村亨 筑摩書房 Amazon 何の努力の必要ではないから楽だった。けれどそんなぬるま湯に浸かり続けるうち、いつの間にかどこにも行けない体になっていた。また一から仕事を覚えたり、人間関係を構築することを考えると恐くて震えてくる…

YOUは何しに日本へ?

評伝クリスチャン・ラッセン 日本に愛された画家 (単行本) 作者:原田 裕規 中央公論新社 Amazon 日本との繋がりができたのは、1989年、33歳のときだった。版画作品の展示・販売を手がけるアールビバン株式会社と作品の販売契約を結んだことにより、それまで…

シェイプ・オブ・ウォーター

Blue (集英社文芸単行本) 作者:川野芽生 集英社 Amazon 自分の名前が自分のものではないと、自分で自分を名付けたいと、みなも思っているのだろうか。 たまたま同じ時期に読んでいたテキストに、『Blue』とひどく重なるくだりを見つける。 ロバート・コ…

Choo Choo TRAIN

新幹線全史: 「政治」と「地形」で解き明かす (NHK出版新書 706) 作者:竹内 正浩 NHK出版 Amazon 本書は新幹線の路線の成り立ちに焦点を当てた一冊である。どのように新幹線の構想が生まれ、やがて実現するにいたったのか。最初に開業した東海道新幹線の予想…

不思議の国ニッポン

女を書けない文豪たち イタリア人が偏愛する日本近現代文学 (角川書店単行本) 作者:イザベラ・ディオニシオ KADOKAWA Amazon 森鷗外は1890年に『舞姫』を発表した。そこには煩悩にとらわれるあまり、心に渦巻く感情をうまく対処しきれない若者が主人公として…

コロンブス

ジェイムズ・ボールドウィンのアメリカ:「もう一度始める」ための手引き 作者:エディ・S・グロード・ジュニア 白水社 Amazon 本書が一風変わっていることは認めざるを得ない。伝記ではない、けれども伝記のように感じられる箇所もある。文芸評論ではない、…

人間失格

ある世捨て人の物語: 誰にも知られず森で27年間暮らした男 作者:マイケル・フィンケル 河出書房新社 Amazon 「チェルノブイリ原発の事故があったのは何年ですか」 ……ヴァンス[捜査官]がスマートフォンを指でなぞる。チェルノブイリの事故は1986年だ。 「そ…

時の過ぎゆくままに

ライカでグッドバイ: カメラマン沢田教一が撃たれた日 (ちくま文庫) 作者:冨貴子, 青木 筑摩書房 Amazon 沢田教一はUPI通信社カメラマンとして、自らベトナム戦争へ飛び込んでいった。 イア・ドラン渓谷の戦い、DMZ(非武装地帯)侵攻作戦、875高地の戦い、…

記念の詩

ホープレスinドナウ川 作者:佐藤ジョアナ玲子 報知新聞社 Amazon そうだ、旅に出よう。 旅のためにいつ休暇を取ろうかという悩みは、無職者にはない。帰る場所がない無職だからこそできる本当の放浪生活の可能性に気が付いて、落ち込むどころかむしろラッキ…

退屈な日々にさようならを

湖の女たち(新潮文庫) 作者:吉田修一 新潮社 Amazon 琵琶湖畔の介護施設にて、入居者の老人が死亡する。 「人工呼吸器をつけて療養中やったガイシャが、今朝方、心肺停止状態で発見されたんや。死因は低酸素脳症。駆けつけた家族が、施設側の説明とスタッ…

崇高と美の起源

幸福の探求――アビシニアの王子ラセラスの物語 (岩波文庫) 作者:サミュエル・ジョンソン 岩波書店 Amazon この宮にはアビシニアの王子王女たちが住んでいた。知るものはただ愉楽と憩いとのわずかな移り変わりばかり、耳目を喜ばすに巧みな多勢にかしずかれて…

粗忽長屋

21世紀落語史~すべては志ん朝の死から始まった~ (光文社新書) 作者:広瀬 和生 光文社 Amazon 昭和30年代に黄金時代を迎えた落語界は、昭和が終わり平成に入ると、どんどん活気を失っていった。20世紀末の10年間は史上最も落語が低迷した時代と言っていい…

恋するプリテンダー

ハンチバック (文春e-book) 作者:市川 沙央 文藝春秋 Amazon 私は29年前から涅槃に生きている。成長期に育ちきれない筋肉が心肺機能において正常値の酸素飽和度を維持しなくなり、地元中学の2年2組の教室の窓際で朦朧と意識を失った時からずっと。 歩道に靴…

Flowers

Z世代のネオホームレス 自らの意思で家に帰らない子どもたち 作者:青柳 貴哉 KADOKAWA Amazon ホームレスとして生きるZ世代の若者たちを取材していると、年配のホームレスとは異質な印象を受ける。帰ろうと思えば帰れる実家はあるのに家に戻ろうとしない少女…

Prisoner of Love

プリズン・ドクター(新潮新書) 作者:おおたわ史絵 新潮社 Amazon 「法務省がドクターを欲しがってるんだけど、どう? 興味ない?」 これが矯正医官の話だった。…… 確かに刑務所だって少年院だって、入っているひとたちのための医療は必要だ。彼らだって同…

High in the Clouds

ネット右翼になった父 (講談社現代新書) 作者:鈴木大介 講談社 Amazon 令和元年(2019)、改元の4日後に僕の父はこの世を去った。…… 僕はこの父と、本音で腹を割って話したことがない。怒ったり喧嘩をしたり、心を開いて感情のままにコミュニケーションをし…

What Was I Made For?

Z世代のアメリカ (NHK出版新書) 作者:三牧 聖子 NHK出版 Amazon アメリカは今、政治・外交・社会、さまざまな意味で転換期にある。本書はこの転換期のアメリカを、1997年から2012年の間に生まれ、今後いよいよアメリカ社会の中心となっていくZ世代の視点…

わたしの香港

辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿 (文春e-book) 作者:莫理斯(トレヴァーモリス) 文藝春秋 Amazon 「私」こと辮髪のジョン・ワトソンが名探偵と初めてまみえた際のこと、彼は突然こう言った。 「華先生は新彊の戦場でずいぶん手柄を立てたこと…

徂徠豆腐

豆腐の文化史 (岩波新書) 作者:原田 信男 岩波書店 Amazon 優れた食品である豆腐は、もともと中国で発明され、アジアで広く食されている。近年ではヨーロッパやアメリカでも愛好者が増えてきており、英語ではsoybean curdとなるが、むしろtofu(トーフ)の呼…

デカメロン

清浄島 作者:河﨑秋子 双葉社 Amazon 土橋義明は、北海道立衛生研究所に所属する研究員である。……北海道大学で生物学を修めた研究者だ。今年で32になる。 本来なら独身気ままな生活を楽しみつつ、札幌の研究室で応用動物学の臨床研究に勤しんでいるはずだっ…

無-難

文にあたる 作者:牟田都子 亜紀書房 Amazon 本を読むことを仕事にしています。 といっても、いわゆる「読書」とは少し違います。本が出版される前にゲラ(校正刷り)と呼ばれる試し刷りを読み、「内容の誤りを正し、不足な点を補ったりする」(『大辞林』)…

死貝文書

死の貝―日本住血吸虫症との闘い―(新潮文庫) 作者:小林照幸 新潮社 Amazon 豊かな温泉と果樹の恵みに溢れた豊饒なる甲府盆地は日本屈指の保養地でもあるが、古来より農民を中心に「水腫脹満」なる原因不明の病に蝕まれてきた。 水腫は水ぶくれ、腹に水がた…