Charles Norris Facts

 

 

 1915年のニューヨーク、一本のレポートが公開される。曰く、「ろくな知識ももたず、腐敗し、ときには酩酊状態であらわれる検視官のせいで、ニューヨークではかなりの数の殺人犯が法の網をすりぬけている……たとえば、乳児殺しはほぼ罰せられたためしがなく、また、『毒殺もうまくやれば、ほとんどお咎めなし』の状況だった。……問題の根源は、検視官が選挙で選ばれる役職である点にある、……ニューヨーク市では、政党のボスたちが選挙を不正に操作し、忠実な支援者をご褒美として実入りのいい役職につけるといったことが恒常的に行われていたのである。……死因を特定する役目を担うにもかかわらず、市は検視官に医学の知識や教育を求めなかった。1898年から1915年までのニューヨーク市検視官のリストには、葬儀屋が8名、政治家が7名、不動産業者が6名、酒場の経営者が2名、配管工が2名のほか、弁護士、印刷業者、競売人、木彫り師、大工、ペンキ屋、肉屋、大理石加工業者、牛乳屋、保険業者、労働組合幹部、それに音楽家が含まれていた。医者も17名いたが、……すでに廃業して政治の世界に転向した者たちだ……その結果、死因究明の努力もなされぬまま死亡証明書が作成されていた」。

 改革者が検視官に代わる制度として導入したのが「監察医medical examiner」、そして本書はその初代監察医務局長チャールズ・ノリス、並びにその有能な片腕化学者アレグザンダー・ゲトラーをめぐる物語。「ノリスとゲトラーは力を合わせ、アメリカにおける法化学を誰もが認める科学へ昇華させた。ふたりは科学捜査の先駆者となり、法廷における地位を獲得し、人々の健康をむしばむ危険な化合物と戦い、“ジャズ・エイジ”と呼ばれる狂騒の1920年代、数多の毒殺を未然に食い止めた。新たな事件が持ち上がるたびに、目の前に立ちふさがる障壁を敢然にはねのけながら、人体組織から毒物を抽出する革新的な方法を編み出していったのである。そして彼らが科学界に果たした貢献は、未来への遺産として、のちの世代へと引き継がれていくことになる」。

 

 捜査当局の頑迷な現場主義、上層部の無理解、腐敗と戦いつつも、ウォーム・ハート・クール・ヘッドな科学の力で真相にたどり着く、そんな科捜研サスペンスもののプロトタイプのような舞台設定、ただし、彼らが立ち向かうのはしばしば刑事事件の枠組みすらも超える。

 時は禁酒法の真っただ中、かといってこのハード・ドラッグのニーズが減衰するはずもない、そうして密造酒マーケットが手を延ばしたのは、旧来の穀物由来のエチルアルコールよりも危険度の高いメチルアルコール。そのリスクについてゲトラーは報告書をまとめた。「ニューヨーク市ではなんらかの工業用アルコールを飲んだことにより、1926年だけで約1200人が病気になるか失明するか、またはその両方を併発していた。……『酒場があった時代にアルコール依存症で死亡した人数を超えている』決然とそう語る彼の口調は淡々としていた。『毒入りのアルコールを飲んでも病院へ担ぎ込まるほどの症状が出ていなければ、神経系にどれほど影響が及んでいるかはわからない。だが、これほど多くの人を殺せる量の毒を含む酒が、ゆっくりとだが確実に、さらに多くの人々の命を奪いつつあるのはまちがいない』」。

「輝くばかりの健康、それが広告の謳い文句だった。美しい肌、無限の活力、そして永遠の健康――ラジウムを摂取することは、日光を浴びる次に体に良いことだと考えられた」、そんな時代のこと、その蛍光性を生かして文字盤にラジウムを塗装した腕時計の製造工場で、「やがてひとり、またひとりと若い女性作業員が不可解な病に倒れていった。歯が抜け落ち、口のなかが腫れあがり、顎の骨が腐って、対処のしようがない貧血で衰弱していったのだ」。そしてニューヨークの監察医務局に遺骨の鑑定が依頼される。それはまだ、救済も認定もはるか遠い、労働災害という概念さえもあるいは生まれていなかった時代のこと。

 

『愛を科学で測った男』、『幽霊を捕まえようとした科学者たち』――数多の科学系ノンフィクションの名作を世に送り出した奇才デボラ・ブラムの筆致はここでも冴える。そもそもの素材が持つスリル、ショック、サスペンスをなお一層引き立てるのが、女史の描き出す「ウェット・ケミストリー」の生々しさ。

「ゲトラーは酩酊状態の科学について調べるべく、百科事典的な症例リストをつくりあげていた。……基準値を確立するために、ゲトラーとティバーはまず、自然死した人々の脳の一部を細かく切り刻んだが、ときには一回の試験で半ポンド(約225グラム)ほどの脳みそを使用することさえあった。そして、血にまみれたどろどろの脳組織を蒸留し、ほぼ透明なピンク色の液体を回収する。次にその液体を半分に分け、一方の試料を取り分けておいてから、もう一方の試料を試験する。さらに半分に分けて、その片方の試料を試験する」。こうして分割された試料がかけられる「装置は、人体がエチルアルコールを酢酸に代謝する仕組みを模倣してつくられていた。組織の試料にアルコールが含まれていれば、クモの巣のように接続されたガラス管内で酢酸がつくられ、それが最後のフラスコに滴り落ちるのだ」。

 ミステリーでおなじみの青酸化合物による死体は、ドラマの演出よりもずっと「壮絶な死の見本として知られ」る。「最期の瞬間は恐ろしく悲惨なもので、痙攣を起こし、空気を求めて必死に喘いだのち、血で染まった泡と唾液を吐き、意識を失ってようやく苦悶から解放される」。その反応が引き起こされるメカニズム、「シアン化合物の及ぼす作用は、残忍なまでに正確だ。全身に酸素を運ぶ血液中のタンパク分子(ヘモグロビン)と瞬く間に結合し、血流に乗って体内をすばやく循環し全身の細胞に行きわたる。毒は細胞内のエネルギー産生を阻害し、呼吸ができなくなった細胞は酸素不足におちいり急速に死滅する。……細胞の呼吸が一瞬にして“麻痺”し、肉体は死へと向かうのだ。酵素の生成が阻害され、電気信号が送られなくなり、筋肉細胞と神経細胞が一気に機能不全におちいるためだ。多くの場合、体ががたがたと揺れるほどの痙攣が起きる。……口から摂取した場合、毒がその通り道を上から下へ焼きつくしていく。遺体を解剖すると、唇や口内の粘膜から食道までが真っ赤に焼けただれ、……胃は膨張して変色し、胃壁にはどろりとした粘液が筋状に付着するが、これはシアン化合物が胃酸によって分解されて生じたものだ」。

 

 つくづく知らされる、事実は小説より奇なり、と。