チャーリーとチョコレート工場

 

眠らない街」「東洋一の歓楽街」と呼ばれた歌舞伎町は、時代の波に呑まれ、何の変哲もないただの歓楽街へと成り下がったという――。

 ネタを求めて歌舞伎町を飲み歩けば、「今の歌舞伎町はつまらない街になった」と古参の住人たちは私を落胆させた。

 しかし、それは本当なのだろうか。……

 私は現代に残る歌舞伎町の魅力を探すため、根城を歌舞伎町に移し、2019年からの約4年間、この街に入り浸った。

 元怒羅権のウェイ、スカウトの正木、歌舞伎町の黒人イブラヒム、キャバ嬢兼風俗嬢のアユ、売春中毒のギャラクシー、芸のラブホテル清掃員のゴーグルマン氏、拉致監禁のプロ・チャーリー、歌舞伎町伝説のカメラマン篝一光氏。

 この街で知り合った得体の知れない、そして味わい深い人間たちとともに私は歌舞伎町で濃密な日々を過ごした。

 

 筆者がその根城に定めたのは通称ヤクザマンション、「分譲オーナーの多くが投資目的で購入した中国人であるため審査が緩かったこと、そして立地も相まって暴力団の事務所が次々と入居するように」なったところから、そんな二つ名がついた建物の一室。もっとも暮らしているのはそのスジの者ばかりではなく、「住むホストたちが夕方店へと出勤し、風俗嬢は待機所になっている部屋からホテルへと向か」っていく。

 そんな拠点から日々目撃するのは、例えば「食物連鎖」のその光景。「まず大前提として、ホストクラブに通う女の子たちの9割以上が風俗嬢であり、彼女たちはホストクラブに通うために風俗で働いている。風俗で働き、大金を稼いだ結果としてホストクラブに通っているわけではなく、あくまでホストクラブありきである」。男から搾り取った金を男に流す。仕入れ原価はほんの7パーセント、つまり7万で仕入れたリシャールを100万で女に売りつける。新規キャンペーンを謳い、はじめてのお客様についてはわずか数千円、それをゲートウェイに釣り上げて、気づけばホストにのめり込んでいる。カタギの稼ぎでは支払いが追いつくはずもない、必然、売れるものといえばカラダだけ。しばしばホストがスカウトを仲介し、そのキャッシュバックのおこぼれにもこっそりあずかる。

 つくづくこのエコシステムはよくできている、嬢が飛びさえしなければ。

 

 ソープだろうが、パパ活だろうが、しかし「食物連鎖」の最下層から原資を供給する買い手たちにはそんな雲の上の営みなど窺い知る由もない。ホス狂いが中毒を来すのと同じ仕方で、女を追ってストーカー化する男もこの歌舞伎町では後を絶たない。守ってあげてる、愛してあげてる、少なくとも彼らの世界線においては。認知の歪みむき出しの彼らは、その自覚すらないまま付きまといを重ねることで「女の子の体力と気力をゆっくりと奪い、女の子を根本から潰してしま」う。

 そんな彼女たちを救うべくトラブルシューティングに乗り出すのが、通称チャーリー。いかにも迫力のあるその魁偉な風貌を前にして、非モテの「いい年したおっさん」たちは訳もなくバスターされていく。

 チャーリーに誘われて、筆者は「隠れ家」を訪れる。そこはストーカーから一時避難するために彼が借り上げたシェルターで、新宿5丁目の何の変哲もないワンルームマンションの一室。当時、ひとりの「手コクイーン」が匿われていた。

 彼は言った。

「風俗嬢の部屋って見たことありますか? もし興味があればドアを開けていいですよ。手コクイーンは今歌舞伎町でコいていますので」

 引き戸を引くとふたの開いた飲みかけのペットボトルが散乱し、こぼれた液体が床に脱ぎ捨てられた服に染みついている。醤油のペットボトルが足元に転がっているが、こちらもふたが開いたままだ。こぼれた醤油が蒸発して床がシミになっている。食べかけの弁当やお菓子、乾麺のパスタがむきだしのままベッドの上に放置されている。

「どうですか。これが風俗嬢のお部屋です。ここに住んでいる女を抱こうという発想にはならないですよね」

 風俗嬢の彼女はかりそめであり、この部屋が現実である。

 

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