味覚の生理学

 

 

 

「お茶」とは、日本人にとって、とてもなじみ深い飲み物です。緑茶だけでなく、ほうじ茶や紅茶、ウーロン茶など、日に一度は口にする人が多いと思います。日本人の日常生活において、お茶は切っても切り離せないものですが、そのお茶の奥深さを知れば、もっと楽しく、もっとおいしくお茶を飲めるようになります。

 本書では、そんなお茶の魅力を紹介していきます。そのおいしさの秘密はどこにあるのか? これまであまり語られてこなかった科学的な知見も踏まえて、わかりやすくお話したいと思っています。

 経験的に感じている人は多いと思いますが、お茶は淹れ方によってその味が大きく変わります。せっかく飲むのであれば、よりおいしいお茶を淹れたいですよね。科学的な分析からわかった、確実においしく淹れられる方法もお教えします。

 

 例えば144ページ、クロロフィルの構造式が示される。クロロフィルは「ポルフィリン環(五角形のピロール環が4つある環状構造)の中心にマグネシウム(Mg)を配した構造となっています」。さらにそこに酸化が起きることで、「ポルフィリン環からマグネシウム(Mg)が離脱してしまいます。酸化によって葉緑素はフェオフィチンという分解物に変換され」る。

 高校有機化学の授業あたりでこんな話を聞かされれば、さぞや地獄に違いない。でもこれが「緑茶を淹れて急須に残った茶葉が、しばらく時間が経つと緑が薄れて茶色っぽく変色している」現象の説明だとしたら?

 例えば煎茶の淹れ方、「限りなく玉露の風味に近づけることもできれば、番茶に近い味にもなる」。抽出時間は2分ほどが最適、と筆者曰く。なぜならば、「うま味成分(アミノ酸類)は水に溶けやすいため短時間で抽出され、渋み(カテキン類)はより高温で抽出されるため、抽出時間が長くなるにつれてなだらかに増加していった」。あるいは湯温、「カテキンは湯温の上昇に比例して増加していくのに対し、アミノ酸は水に溶けやすく、水温が低いぬるま湯の段階でほぼ抽出され尽くしてしま」う。おいしいお茶の淹れ方を試行錯誤することと、水溶液の実験は限りなく似ている。

 

 食い扶持に困らない、何なら同じ仕事で23倍の給与を受け取れる、そんなインセンティヴが強力に作動するならば、日本の公用語はとうに英語か中国語に切り替わっている。喋りたいと思わせてくれる誰かに優って有能な講師がどこにいるだろう。原著で読みたくさせるテキストに優って効果的な語学参考書がどこにあるだろう。

 味覚の科学も同じこと、おいしいからはじまって果てしなく広がる学問のかたちがそこにある。役に立つ、実用性がある、それしきのインセンティヴが世界をどれだけ潤してくれただろう。

 何もかもがしゃらくさい世界の中で、せめて人には一杯の茶の癒しを求める自由くらいはある。そうしてたまさかはまり込めた何かを探究する自由くらいはある。そして、そこから引き継がれる知識が、もしかしたら、ある。