春夏秋冬

 

 山崎紀雄はAV宇宙企画とアダルト雑誌の英知出版で成功した。いわばエロによって莫大な資産を築き、豪邸を建て、小切手をゴミのように床に散らかし、ホテルのスイートに10年近く滞在し、贅を尽くして破滅へと向かった男だ。……

 絵とジャズを愛していた山崎は、本当はアダルトよりも絵を描く方が楽しい、と言っていたがそれは本心だろう。色校に対する異常なこだわりと成功は、芸術家肌のなせる業かもしれない。だが本当の山崎は、真面目で勘のよいクレバーな男だ。

 誰にでも話を合わせて会話できるほどの博識家である。

 人をその気にさせる相づちを打つのが、天才的にうまい。

 自分を馬鹿っぽく見せて、相手を油断させ、ノせていく凄腕の営業手腕。

 それが、2年に及んだ取材で、山崎に対して思ったことだ。

 だから、時代の寵児になったのか。

 だから、芸術家になれなかったのか。

 芸術家になりたかった芸術家肌の男が、どうやって資本主義ど真ん中のアダルトの世界を泳ぎ、大金を手にしていったのか。単に運が良かっただけだとは思えない。

 

 本書をkindleで読む。あまりに気になるポイントが多すぎて、途中からハイライトをかけることを放棄する。

 ここまで薄ら笑いが止まらなくなるテキストもそうそうない。

 当時はまだその呼び名すらなかっただろう、AVという新興メディア、未知のフロンティアを行く、ピルグリム・ファーザーズ伝が、どう転んでも素材として面白くならないはずがない。それは石ころをダイヤと偽って売るようなブルシット・ジョブとは明白に一線を画す、というのも、セックス産業にはでっち上げる必要もなく無尽蔵のニーズやウォンツがもとより確として横たわっているのだから。

 そしてもちろん、ただ単に揺籃期をルール無用で駆け抜けたわけではない、この男、山崎紀雄には今なお読む者を唸らせずにはいないだろう、見事な戦略があった。

 例えば、他とは圧倒的に異なっていたという英知出版のグラビアのクオリティには、「色がダメだとすべてがパー」という彼のこだわりが隠されていた。「ウスアカ(薄赤)」という。曰く、「肌色って出しにくいんです。日本人の肌はどうしても黄が浮いてきてしまう。これが邪魔。だからウスアカを入れることで、肌に透明感が出る。ウスアカの大切さは、印刷所の人にも社員にも口を酸っぱくして言ってきたんで、そのうち、言わなくても入れてくれるようになった」。

 良くも悪くもたかがエロ本、果たして手に取る者がそんなことを気にしていたのか、実際のところは分からない。しかしこの語り口にこもる熱量は紛れもなく本物にしか放てない何かがある。

「光があるから影があって、物の存在がある。これはルネッサンスなんです。一方、印象派は光だけで見せていく。明るいピンクの花がある。それは全部光なんです。印象派っていうのは、心で見る」。

 目の前でこんな大風呂敷をかまされたら、誰だってついていく。どうしてこれで笑みを漏らさずにいられるだろう。

 

 本書がなぜにめくるめくエピソードによって彩られるのか。その秘訣は偏に「許容」にある。

「駆け落ちも数人、ずる休みするやつ多数、経費使い込み当たり前。でもそういう奴って、真の人間ぽいよね」。

 そんな「真の人間」たちが、黎明メディアで潤沢な予算に飽かせて、自分の興味を注ぎ込んだ。実のところ新規ベンチャーと同じ、その仕掛けの大半なんて単に空振りで消えていったことだろう、壮絶な失敗をもって語り草になることすらなく。しかし、そんな当たらぬ鉄砲の中から時に「美少女」なる概念が発見される。もはや人口に膾炙し切ったこの語が、山崎の宇宙企画に由来するものであることなど、誰も知ろうとさえしない。

 

 そんな「許容」が産み落とした「不朽の名作」がある、という。

『廊下は静かに』。

 この作品の舞台は尾道、「そこに映っていたものを背景で使っていけば、見たことのある人間は、自ずと引っ張られて作品を見てくれるでしょう」。

 それはAVにありそうな時事ネタなどのパロディとは明白に一線を画す。衣装やセリフをトレースするだけならばほぼノーコストで作れるだろう、しかしわざわざロケ班を組んで広島まで赴き、撮影には5日が費やされた。その労力からいかなる快感が生まれたか。

 監督を務めたさいとうまことに要約させれば、「男ばっかりの学校に彼女一人で、最後全員を惨殺するって話です」。

 

 草間彌生も買った。エゴン・シーレも、マルク・シャガールも、スタインウェイも買った。

 そして「許容」のためにすべてを手放し、「日本のヒュー・ヘフナー」は無一文になった。

イカフライがこんなに美味いとか、感じたこともないからね。京王プラザで中華食べて、寿司は銀座で食って、どこがうまいんだろう、ってなっちゃう。

 今、本当に美味いんだよ。おにぎりが」。

 

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