白い狂気

 

 東京には森はあまりないと思う人が多いのではないだろうか。人びとが多く住む市街地には森が少なく、島嶼部や奥多摩に偏在していることが原因であろうが、じつは東京全体に占める森の割合は近隣の埼玉県や千葉県にくらべても高い。

 東京の森の最大の特徴はその多様性である。それは奥多摩から海岸地域に自然に分布していた森が、さまざまに形や分布を変えた結果にほかならない。(中略)

 東京の森を知るには、訪れた森の成立する地形やその森の代表的な植物構成を知り、人びとの歴史を重ねて観察することが近道であると思う。それによってわくわくするような新たな発見もあるだろうし、これまでに紹介されてきた東京の森とは違う新たな一面が見出せるかもしれない。

 さあ、これから東京の森の一つひとつを歩いてみよう。

 

 36.3

 本書をめぐるこの数字、なんと東京都に占める森林面積の割合だという。ちなみに、市街地は37.8パーセントだという。もちろんそのからくりといえばどうということもない、奥多摩で圧倒的に稼ぎ出しているのではあるが。

 

 井の頭という地名は、三代将軍徳川家光が湧き出す水が茶に最適な井戸の頂点、「井之頭」と絶賛したことに由来する。

 府中競馬場程近くの大國魂神社に鎮座するケヤキ並木。古くは源頼義と義家が前九年の役の戦勝祝いに寄進し、さらには16世紀末、家康がこの地で買い求めた馬が勝利を呼び込んだことから改めて植樹を施したという。

 皇居東御苑に広がる雑木林は、昭和の末期に「宅地開発が進められて消えていこうとしていた町田市の雑木林から植物や表層の土壌を丸ごと移し」て造られた。

 云々。

 こういう雑学的な情報を拾い読みしていくことが退屈だとも思わないが、さりとて頭に入ってくることもない、なにせタイトルからして『東京の森を歩く』である、実際に現地を散歩してみてナンボでしょ、ということで過日、そのスポットを訪れる。

 

 まず巡ったのは、清澄庭園の森。

 その「歴史で特筆すべきは、関東大震災時のこの庭園のありようであろう。この庭園の森は、逃げ込んだ2万人もの人の命を救った」。延焼に次ぐ延焼をもって周辺の建物から炎が上がる中、襲い来る「熱を周辺部の樹木が防ぎ、避難した人びとを安全に守ったのである」。

 この防火材の有無が、文字通りに生死を分けた。その場所から程近く、現在の都立横網町公園は当時まだ造成の途上、陸軍被服廠が撤退して間もなくの空き地のような場所だった。樹木の生え揃わぬことが、ひとまず難を逃れたはずの38000人の生を奪うこととなった。命からがら持ち込んだ家財一式が恰好の燃料と化したことでこの惨劇は引き起こされたという。

 震災大国にあって、この教訓が無効化されることはない。「地震二次被害として発生する火災では、家屋や電柱の倒壊により道路は遮断され、水道設備は使えなくなる可能性が高い。その場合、これらの植物や森が防火力を発揮することはまちがいない」。

 火からも、そして水からも、森は人々を守る。

小河内ダムの水は、上流の森林から供給されているが、森林は土壌の保水力により、約5000万トン、ダム貯水量の4分の1を超す水を貯めているという。森から流れ出る土砂によってダムが埋まる量『堆砂率』で上流の森のもつ効果がわかる。……これは植物の根が土砂の移動を止める『緊縛力』によって流出を防いでいることを示している」。

 樹を守らない輩は、民のことも守らない。

 樹を刈る輩は、やがて民の首を刈る。

 

 続いて向かったのは、「生きた化石」ことメタセコイアで彩られる水元公園の森。

 ……いや、きちんと江戸川に向けて北東に自転車を走らせていたつもりだったのである。ところがゴミすぎることでおなじみの方向感覚は、気づいてみればせっせせっせと私を江戸川は江戸川でも河口近くへと導いていた。どうせ読めないスマホの地図でも確認したよ、2回くらいは。錦糸町界隈で既に総武線の南側走ってる地点でムチャクチャだったんだよ。小松川とか今考えなくてもヘンだよ。小岩が左折の標識を見つけた時点でさすがに積んでることは気づいてたよ。まあいいや、逆にこれで間違いようがないし、と江戸川を上ろうとしたくらいのタイミングで、見事に両の内転筋をつる。

 アタマもカラダもオワコンすぎる。

 ちょっと休もう、と座り込んだ視線の先をふと見ると、……あれ、森がある。清澄庭園の茂みを森と呼んでよいのならば、十二分に森と呼ぶに足る何かが河川敷に広がっていた。そして導かれるまま、県境をまたいで千葉の森を追っていた。堤防の内側の、台風ともなれば水没することが予め織り込まれた、草野球場にでも供する他ないような治水のための空き隅に、森が散在していた。防風防砂を期して公共事業で植栽されたとは到底思えない、まず間違いなく鳥と風が気まぐれに作り出した僥倖がそこにあった。

 

「わたしは4040夜地上に雨を降らせ、わたしが造ったすべての生き物を地の面からぬぐい去ることにした」。

 怒髪天を衝く大洪水から数ヵ月、アララト山にようやく落ち着いた方舟からノアは鳩を解き放つ。「地の面から水がひいたかどうかを確かめ」るためだった。留まれる場所を見つけられない鳩は、間もなく舞い戻る。それから7日、再び鳩を放すと、「夕方になってノアのもとに帰って来た。見よ、鳩はくちばしにオリーブの葉をくわえていた。ノアは水が地上からひいたことを知った」。

 いかなるカタストロフィを持とうとも、春とともに木々は萌え出る。

 人は森とともに蘇る、そうだ、森は生きている。

 

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