パブリック・エネミーズ

 

 一時は政府がやっきになって撲滅しようとしていたマリファナという物質が、今、もっともセクシーなコモディティとして注目される時代が来るまでの長い間、アメリカでは水面下で、そしてときには法廷や政治といった公の舞台において、マリファナをめぐるたくさんの戦いが起きてきた。マリファナを違法ドラッグと見なす連邦政府と、マリファナに好機を見た州政府との攻防、政府の省庁間の権力争い、マリファナに命綱を求める患者たちによる法廷における死闘……そしてその戦いは今も続いている。

 マリファナは、ずいぶん長い間、日本でもタブー視されてきた。ところがこれだけ国際的なムーブメントになると、無視し続けるわけにもいかなくなってくる。日本の大手メディアの中にも、アメリカで派手に起きているマリファナ・バブルを報じる動きが出てきた。

 とはいえ、長いことタブー視されてきたトピックなだけに、日本から見て「なんで急にまた?」と驚いている向きも多いに違いない。この本は、自分がこの4年間で学んだことを、できるだけ平易な読み物としてシェアしたいという気持ちで書いた。

 

 時にテキストの中で、意外な人物に出くわす。

 ウィリアム・ランドルフ・ハースト。低俗な記事の数々で大衆の煽情を誘い「新聞王」へと上り詰めた、いわばルパート・マードックのプロトタイプ。激烈なアンチ・マリファナ・キャンペーンを張ったことでも知られる、という。

 原点にあったのは、隣国メキシコへの果てなき憎悪だった。「父親ジョージから受け継いだ80万エーカーもの土地を、メキシコ革命で時の将軍パンチョ・ヴィラに没収され、メキシコやメキシコに対する憎しみを募らせ、傘下の新聞を使って、メキシコ人は野蛮であるという記事を書きたてさせていた。ハーストにとって、マリファナは嫌いなメキシコを象徴する存在だった」。

 そして厄介にも、単に私怨に留まらない、ビジネス上の計算もまた、このキャンペーンには大きく絡んでいた。というのも、「吸う、薬にするという以外の大麻草の産業用途を危険視していたのである。ヘンプと呼ばれる産業用の大麻草は、アジアでは紀元前から布や紙の材料に使われてきたが、アメリカでは1916年に、(中略)ヘンプのパルプから紙を作ることに成功して、未来の資源と目されるようになっていた。/(中略)ハーストは、新聞ビジネスを維持するために、材木工場に多額の資金をつぎ込む一方で、ヘンプから作る紙のポテンシャルに怯えていた。ちょうどヘンプが工場資材としても注目を集め始めた頃で、ヘンプから繊維を剥がしてパルプにする機械が開発されたタイミングでもあった。ハーストは、『ヘンプは悪だ!』と喧伝する記事を量産するようになった」。

 かくしてでっち上げられた有害性をめぐる医療関係者による打ち消しの努力も虚しく、あっさりと世論は「マリファナ=悪」の心証に傾いた。

 激情とそろばんのハイブリッドによって生み出されたアンチ・ヒーローとしてのハースト、今日では殊にオーソン・ウェルズ市民ケーン』のモデルとして知られる。本書のわずか数ページにまるでファスト映画を見るような錯覚を味わう。

 

「ドラッグ戦争」とのフレーズの祖として知られるリチャード・ニクソンは、ヘロインやエクスタシーと並ぶ最も危険な薬物カテゴリー、「スケジュール1」にマリファナを連ねた。このリストに従えば、コカインやメタンフェタミン以上の依存性、副作用がマリファナには認められることになる。かくしてパブリック・エネミーアメリカ社会との火ぶたが切って落とされた。

 ロナルドとナンシーのレーガン夫妻による「ジャスト・セイ・ノー」キャンペーンにあっても、マリファナはやはりドラッグとして十把一絡げに槍玉にあげられた。

 翻って現在、「違法物質」との認定は依然として保たれ続けているにもかかわらず、全米28州で医療用としての大麻使用が解禁されている。15番目の州として、今年3月に新たに娯楽用のオープンに踏み切ったニューヨークでは、この決定に際して司法長官が「大麻の合法化は人種問題と刑事司法において必須だ」との声明を発した。

 ハーストの配下によってトランス幻想が喧伝されたのも遠い昔、既に使用に伴う他害性や中毒性は否定されている。どころか、今日においては臨床的見地から、この「奇跡の薬」をめぐるさまざまなエビデンスが提示されている。例えばエイズにおいては、免疫力の向上や痛みの軽減、不安の緩和といった効果が報告されている。ガン――戦争をこよなく愛するニクソンが薬物と並んで宣戦布告を仕掛けたことでおなじみの――に至ってはさらに劇的で、腫瘍の縮小効果が見られ、それでいて周辺の正常な細胞を傷つけることがない、との実験結果が伝えられる。もちろん、ペイン・コントロールや嘔吐の抑止といった作用も期待できる。

 

 世界的にその効用が広く認められているにもかかわらず、こと本邦においては今もなお、「ダメ。ゼッタイ」の大合唱が続く。

 取材に応じた日本人研究者は、各種医療上の効果への期待を論じる傍ら、課題についても言及する。「同じカンナビノイドでも、THCにはハイになるなどの向精神作用があり、脳の神経回路を破壊して記憶を消失させるという報告もあり、当然ながら麻薬指定されています。しかし、CBDが多く共存する条件下ではTHCの神経毒性が回避できることが示されており、CBDTHCの存在比率が重要であることが分かってきました」。そして薬として用いるにも高いハードルが横たわる、という。「吸収しづらいし、肝臓で壊れてしまうんですよ。舌下服用がうまくできない方が多いため、効果が出にくいし、保証もできない、非常に厄介な物質です。可能性を秘めてはいますが、製薬会社にとっては医薬品にするにはリスクが高く、手を出しにくい物質です」。

 

 医学的な福音の道に目をつぶり、それでもなお、「ダメ。ゼッタイ」を唱えたければ、まずはせめて論拠を出さねばならない。少なくとも、どう控え目に見積もっても、タバコやアルコールの常用者に咎められる筋はない。1世紀前の大衆動員の作法そのままに煽られ続ける前に、とりあえず本の一冊でも読んでみる。