中二病でも恋がしたい!

 

 島田清次郎と言っても、現在ではその名前を知る人は少ないだろう。作品も入手は難しく、すっかり忘れ去られた作家になっている。しかし、大正時代の当時は知らないものはないほどの人気作家だった。

 1919年(大正8年)、島田清次郎はわずか20歳のときに長篇『地上』で華々しく文壇デビューを飾る。有名批評家がこぞって絶賛したこの作品は大ベストセラーとなり、清次郎は一躍文学青年たちのカリスマとなっていく。しかし、自分の天才を鼻にかける傲岸不遜な言動で文壇で嫌われ、おまけに海軍少将令状を誘拐監禁したというスキャンダルが新聞や雑誌を賑わすと人気は一気に急落。1924年になると、出版社からも作品を受け取ってもらえなくなり、吉野作造菊池寛らの家に押しかけて居座るなど、たびたび問題を起こしていたのだった。

 この日は、汚れた衣服で帝国ホテルを訪れ、接客を頼んだものの断られたため、腹を立ててボーイを殴ったところ、逆に数人がかりで殴られて逃げてきたのだという。……

 巣鴨署の警察医に鑑定を依頼すると、これは確実に精神病者だろう、とのこと。そこで警視庁衛生課の精神科の鑑定を仰いだところ、早発性痴呆(現在の統合失調症)と診断された。

 こうして翌31日の午前9時、島田清次郎は、巣鴨町庚申塚にある私立精神病院「保養院」に収容された。このとき清次郎は満25歳。天才と呼ばれた青年作家は、精神病院の患者となった。それからの生涯を病院で過ごすことになるとは、このときの清次郎はまったく想像もしていなかったに違いない。

 

 世が世なら、中学以降の日本史教科書にその名が刻まれていたとしても、不思議ではない。

 本書があらわす履歴を見る限り、一時的流行の浮草に過ぎぬとはしても、社会的影響力に鑑みてこの人物が語り継がれていないことにこそ、むしろ違和感を覚えずにはいられないほどである。

 弱冠20歳にして著した半自伝的小説『地上』がいきなりの喝采をもって受け入れられた。しかも何が驚異的といって、その作品が多面的なレイヤーに訴えかけた末にベストセラーへと上り詰めたことにある。

 文壇が好意的にその作品を読み解いた理由といえば、それは概ね「社会主義的な主張を含んだ文学である」というテーマ性に由来するものだった。なにせあの芥川龍之介をして「少くともその筆力の雄健な一点では、殆ど未来の大成を想見せしめるものがある」と言わしめたである。技術の未熟は目につくものの、自然主義的なその構想力において大いに見るべきものはある、おそらくこの評は文壇のマジョリティを反映していた。

 イデオロギーの一点押しで特定の界隈にのみ細々と祭り上げられる作家ならば、今も昔もそれなりには存在している。批評の目線で論じれば、当時の社会情勢などを巧みに織り込んだ資料として実に読み解き甲斐はある、それゆえたまに文庫や新訳も出版される、しかしそれらは決まって多くの購買者によって積ん読されたきり本棚の肥やしと消える、理由は明快、面白くないから、そんな小説に誰しも心当たりがあることだろう。

 しかし島田の非凡は、一般読者、それもとりわけ若年層に熱狂的に受容された点にある。掲載誌の投書欄が当時の興奮を伝える。その捉え方は年長世代のそれとはまるで異なるものだった。

「僕は読んで居る時、島田氏の書いたものだと云う気がしなかつた。自分の叫びが偶然に此の紙上に表れて居るとのみ思つた」。

「さうだ彼の『地上』一巻を繙かれた若き友は誰しも、うちの兄さんという様な心地がする事だらう」。

 彼は紛れもなく同世代の代弁者だった、そのことが彼をカリスマへと押し上げた。

「若者たちは『地上』の出現によって初めて、同世代の文学を発見したのである。同世代の感性で、同世代の人物を主人公に、同世代の読者に向けて書かれた小説、つまり現代で言う『ヤングアダルト小説』の祖が島田清次郎の『地上』であるともいえるだろう。……階級問題を描いた社会主義小説という視点から『地上』を読んだ読者は、若い世代ではむしろ少数派だった。……

『地上』のベストセラーは、日本文学史上初めて、若者の感性が文学界を動かした事件だったのである」。

 

 そんな社会現象の中心が、自壊へ向けて走り出す。年端もゆかぬ若者が一夜にして成り上がり、富と名声を手にしてしまう、これでうぬぼれるな、溺れるな、という方がむしろ難しい。その点でいえば、島田はすぐれて標準的な人物であるともいえる。

 そうして次から次へと出版される作品はすっかり、誇大妄想と被害妄想によって塗り固められた。本人を模した主人公はどこまでもインフレーションを重ねて、「経済、政治、教育、学芸、両性、宗教の一切諸相にわたつて、おれは一大研究を完成する。それは全世界の象徴であり、真の唯一の経典である」とまで言ってのける傍らで、また別の小説においては、自身を袖にした女性をモデルにした登場人物の近親相姦をでっち上げてなおかつ自殺させるという「文学的制裁」を加えずにはいられない。

 そんな自己陶酔の果てのスキャンダルをもって、彼の名は日本文学の黒歴史として封印されることとなる。

 

 彼の軌跡を果たして、統合失調症の典型とするか、ただの中二病とするか、その点をめぐっては精神科医を生業とする筆者の賢察に委ねられるべき事柄であって、もとより一世紀前の人物をめぐる門外漢の素人診断に何らの意味があるとも思えない。

 しかし、病棟の壁の向こうに消えてすら彼は物書きをやめることができなかった、この事実に震える自由くらいはある。

 関係者から漏れ伝わる限り、もはや体重も意欲も抜け落ちた生ける屍として、ただ、一さいは過ぎて行ったかに見えた。しかしそんな彼が密やかに小説や詩を紡ぎ続けていたのである。

 彼の声に耳を傾ける者がひとりとしていなかった、まさに「誰にも愛されなかった」からこそ、ノートにその思いを書きつけることしかできなかった、その表象として捉えるべきなのか。はたまた、絶望の淵にあってすらも人間は何かを書くことをやめることができない、たとえそれが散り散りであろうともことばをやめることができない、その表象として捉えるべきなのか。

 

 ロラン・バルトのことばから。

「言語は反動的でも進歩的でもない、言語は単にファシストなのである。なぜなら、ファシズムとは言うことを妨げるのではなく、言うことを強制するものだから」。

 

 

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