カンディード

 

 存在そのものに関わる心の深いところで起こるプロセスが、庭をつくりその世話をすることの中に含まれているのではないかと、私は考えるようになった。では、庭づくりは私たちにどう影響するのだろうか。この世界で一度失ってしまった自分の居場所を見つける、あるいは再び見出そうとする時に、庭づくりがどう役に立つのだろうか。憂鬱や不安、その他の精神的不調の度合いがどんどん大きくなっている中で、生活様式はますます都市化し、テクノロジーに依存するようになってきた21世紀の今、心と庭がさまざまなやり方で関係し合っていると知ることは、今まで以上に重要になっているのではないだろうか。
 庭には古代から回復力が認められてきた。今日、ガーデニングは人気のある趣味として世界中の国々で、常に上位10位に入っている。本質的に庭の世話をすることは何かを大切にケアする養育活動であり、多くの人にとって、子どもを持ったり家族を育てたりするのと同様、小さな土地の手入れをする過程は人生において有意義な活動の一つだ。もちろん、ガーデニングを面倒に感じる人や、それ以外の活動を好む人もいるだろう。しかし、屋外での運動と没頭できる活動の組み合わせは、心を落ち着かせたり活発にさせたりすると認める人も多い。緑の中で行う運動やその他の創造的な活動でも、こうした点は共通だが、植物や地球との間に形成される親密な関係という点では、ガーデニングは特別な存在だ。自然と接することはさまざまなレベルで私たちに影響する。時には自然に満たされていて、文字通り心身ともにそこにいて、その影響にも気がついていることもある。しかし、その影響がごくゆっくりと潜在意識下で働いて、トラウマや病気、喪失によって苦しんでいる人々の助けになる場合もあるのだ。

 

 ニューヨークはライカーズ刑務所にて実際に日々起きている奇跡のような出来事。
 一般に、この刑務所の出所後の「再犯率は高く、65パーセント以上が出所後3年以内に刑務所に戻っている」。判決前の拘留者を含めて、およそ40パーセントに何かしらの精神疾患が認められているというのに、それに対してさしたる医療も与えぬまま野に放つというのだから、そのような数字を叩き出してしまうのもむべなるかなである。
 ところが彼ら対照群を脇目に、参加者の再犯率をわずか15パーセント程度にまで引き下げてしまうという驚異のカリキュラムが存在している。その名をグリーン・ハウス・プログラムという。早い話がガーデニングに従事するのである。
 もっともこのプログラム、単に屋外で従事する作業のための作業、訓練のための訓練とは一線を画する。なにせ「年間1万8000ポンド〔約8000キログラム〕の生産物は分配されて、受刑者やスタッフ、元受刑者などグリーン・チームで働いている人たちの利益となった。市の公園局のために多年草も栽培しており、切り花はスタッフ用のラウンジを飾るのに使用された」。紛れもなくそうした仕方で、庭を媒介として人と人との結びつきがそこに形成されているのである。特筆すべき点としては「研修が出所後に用意されていることだ。刑期を終えた人が市内の何百とある庭や公園で働くことで、都市環境緑化に貢献し、地域とのつながりが生まれるのだ」。
 参加者のひとりにインタビューをする。刑務官に勧められるままに「始めてみるとすっかり夢中になり、以前までの自分は心が『閉ざされていた』と言う。『庭では何もかも自然で、強制も威圧もされない。操られることもない。感謝して楽しめるようになったんだ』。/……『ここでは違う言葉を話すんだ。屋内だと、否定や興奮や暴力だ。ここへ出ると、自分を感じることができる。正気を失った島の中で、正気に戻れる』」。彼の証言を裏付けるように、「刑務所の建物内で暴力的な事件が起きたことはあるけれど、過去30年間、庭のある区域では暴力沙汰は発生していない」。

 

 そのプロジェクトは、マンチェスターの近郊、トットモーデンで密かに立ち上げられた。
 産業シフトに基づく長期的な構造不況にあえぐこの街にあって、2008年のリーマンショックは決定的なものだった。空き家はもはや廃墟の趣すらたたえ、緊縮財政の末、「公共サービスはカットされ、町中にごみの山ができた」。
 そんな食べていくのも一苦労の街だからこそ、必要は発明の母とばかりに、とあるアイディアが頭をもたげた。「人々が『食べられる風景』の中に住んでいて、そこで働いているとしたらどんなふうだろうかと……実験精神で、インゲンマメやその他の野菜の種を、町の真ん中に傷跡のように立っている荒廃した健康センターの土地に蒔くことから始めた。収穫できる時期になって、彼らは大きな立札を立てて、『ご自由にどうぞ』と書いた」。たったふたりの女性がスタートさせた、農業と呼べるほどの規模もないこの「インクレディブル・エディブル」の試みが、程なくして思わぬ実りをトットモーデンにもたらす。
「最初の変化は反社会的な行動と破壊行為が減ってきたことだ。……『人は食べ物を尊重する。食べ物に攻撃はしない』。しだいに大通りから板囲いをして閉まっている商店は姿を消していった。カフェやレストランが開店し、地域で栽培された商品が買えるマーケットが繁盛するようになった」。そして何よりこの活動は街から孤独を遠ざけた。ここでもまた、ガーデニングを介して「人々はある場所につながり、またあるグループに所属することができる」ようになった。

 

 オーストラリアの研究者がビッグデータ解析から得た結論に従えば、「ブリスベン市民全員が市内の公園を毎週訪れると、うつ病で7パーセント、高血圧症で9パーセント減少するだろう」。
 また健康と収入の相関性を探ったスコットランドの研究グループによれば、この強度な関係を改善に導き得る唯一の変数は、病院でも文化施設でもなく、公園や庭の存在だった。「低所得と関係する精神的な健康状態の不均衡は、緑の空間の近くにいることで40パーセントまで削減可能であると算出した」。類似したアプローチに基づくトロントでの研究が言うことには、「市内の1ブロック当たりわずか10本の樹木を植えることで、1万ドル収入が増えるのと同等の精神的ストレスの軽減になる」。
 アメリカでは貧困地域を中心に、「空地を改良して緑化した通りと、手をつけられていない通り」を対比した結果、前者では「犯罪率は13パーセント以上減少し、銃による暴力事件はほぼ30パーセントの減少がみられた」。監視カメラを張り巡らせたでもなければ、ジェントリフィケーションでスラムを一掃したでもない、繰り返そう、何をしたといって、「ボランティアは市内の何百という荒廃した場所や放置された空き地からごみや瓦礫を取り除き、きれいに片付け、芝生の種を蒔き、樹木を植え、低い木製フェンスを立てた」、ただこれだけのことである。


 もっとも、こうした定量的なデータを引用し続ける自分自身をめぐってふといたたまれなさに苛まれる。クソコンサルのチェリー・ピッキングにまみれたパワポのプレゼン大会でも見せられるように、いちいちこんなエビデンスつきで有効性を論証しなければ、庭仕事の心地よさを伝えることはできないのだろうか、と。これは断じて筆者のスタンスをめぐる懐疑ではない、それこそがまさに土を離れてしまった読者サイドの病理を何よりも能弁に表してやいないだろうか、と。

 例えばとある薬物依存症患者にとっての転機は、サボテンだった。
 園芸療法に参加させられはしたものの、「初めのころはこの仕事をどんなに『憎い』と思ったか、世話をしていた植物をどれほど『腹立たしい』と思ったことか」、そして全く同じ感情がコミュニティそのものへと注がれていた。そんな彼女を前任者が放置したきり半ば枯れかけのサボテンが変えた。
 たぶん、と筆者は思う、サボテンと彼女はとても似ている、と。「かつて自分がそうだったように、放っておかれて、怒りっぽくて、とげがあり、入り口を見つけることが難しい」。だからこそ、彼女の「中の深いところに、あの小さなオレンジの花と枯れかかっていたサボテンの株からの呼びかけに応える何かがあった。それが彼女の周りの状況を変えていく助けとなったのだった」。彼女はサボテンを助けることで自分自身を助けた。「人生を立て直すという状況では、時にこのようなことがちょっとした贖罪行為となる。そして、こうした経験は新しい始まりの可能性を信じる気持ちを育てる。私たちは自分たちの行動を通じて世界を変える。そしてその過程で、自分自身が変わるのだ」。
 このプロセス描写に定量性と呼べるほどの何かが書き足されることはない。筆者の観察が及ばぬところで、もしくは意図的な省略に従って、彼女は実際には庭仕事と全く無関係な何かしらの治療プログラムによって改善したにすぎないのかもしれない。
 そう書きながらつくづく虚しくなる。彼女は他のなにものでもなくサボテンによって癒された、素直にそう言い切ってなぜ悪い。木陰に立って深呼吸する、その心地よさに「それってあなたの感想でしょ」などとほざいてマウントを取ってくるクズがいたら――はいそうですけどとシカトかましてやればいい。これしきのことでいちいち統計学にお伺い立てるべき義理などない、そしてそんなことすら分からないヤツらに包囲される地獄の中で、せめて花を嗜む自由くらいは誰にでもある。

 考えるな、感じろ。
 本書が紡ぎ出す物語を疑って、いちいちこんなこまっしゃくれた可能性のエクスキューズを羅列する前に、ヴォルテール箴言そのまま、「おっしゃることはごもっともですが、何はともあれ自分の庭を耕さなくては」。そうすれば、「真髄」なんて自ずと土が教えてくれる。

 

 

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