コロンブス

 

 本書が一風変わっていることは認めざるを得ない。伝記ではない、けれども伝記のように感じられる箇所もある。文芸評論ではない、けれどもボールドウィンのノンフィクション作品を精読する。ボールドウィンがそうしたように歴史にこだわるが、単純な歴史書でもない。結局『ジェイムズ・ボールドウィンアメリカ』は、私たちの生きる時代について何か意味のあることを語るために3つすべてを組み合わせたものだと言える。本書は進んだり戻ったりし、過去と現在とのあいだを揺れ動く。そのなかで私はアメリカの歴史における今のこの困難な時代についてボールドウィンとともに考える。……

 本書の執筆にあたって、私はボールドウィンが失望をどう乗り越えたか、そこにないものを追いかけるのはもうやめるという決断をどのように実践したのか、自分を白人だと考える人も含めて私たち皆がよりよい存在になることができるとの信念をどう持ち続けたのかをより深く理解したかった。ボールドウィンがその激しい怒りをどう利用し、信念をどう実践したのかをどうしてもわかりたかった。

 この問題は私にとって、アメリカの最近の裏切り行為のせいでことに差し迫っていた。初の黒人大統領の当選が明るい見通しをもたらしたところへ白人の恐れと憤怒が現れ、ドナルド・トランプが当選した。警察による暴力に抗議するブラック・ライヴズ・マター運動の若者たちの勇気を、大半の国民は冷笑で迎えた。希望が打ち砕かれ、生活が破綻するのもこの時代の特徴である。南北戦争やリコンストラクション、また公民権運動に続いた時代と同様、私たちの時代にもこれまでとは異なる考え方にこれまでとは異なる弾力性が必要で、それができなければ狂気か忍従に屈するしかない。ボールドウィンはそんな暗黒の時代に対応し、私たち皆が目の前にしている道徳の仕切り直しで出すべき答えを想像するための知恵をくれると私は考える。

 

「息ができないI can't bleathe」。

 2020年のミネアポリス、白人警官デレク・ショーヴィンによって地面に抑えつけられたジョージ・フロイドは繰り返しそう訴え、そしてそのまま路上にて絶命した。

 2014年のニューヨークでもやはり、白人警官ダニエル・パンタレオの首への締め技を受けたエリック・ガーナーが11度にわたりこのフレーズを唱えたものの聞き入れられず、その後運び込まれた病院で死亡が確認された。

 2021年の統計によれば、アメリカの警官はその職務中に少なくとも1055人の市民を殺害している。この被害者のうち27パーセントは黒人だった、彼らが人口に占める割合は13パーセントにすぎないというのに。このほとんどは銃殺である、つまり、「息ができない」と漏らす暇すら与えられないまま、彼らは命を刈り取られた。

 公権力が市民を殺す、いや、白人が黒人を殺す、どうしてこの事態に憤りを抱かずにいられるだろう。かくして全米規模でBlack Lives Matterムーヴメントが立ち上げられて間もなく、ある種の人々が唱えはじめたことばがある。

 All Lives Matter。誰の命だって大切だろう、いかにも耳障りのいいフレーズではある。しかしその暗黙の含意はあまりに白々しいものだった。BlackAllと言い換えることで黒人がさらされている喫緊の危機をなきものへと葬り去る、そんな彼らが訴えたいことなんてWhite Lives matterの他にはなにもない。

 建国以来、ひとつとして変わるところのない「アメリカの嘘」はここでも繰り返された。

 

 公民権運動の時でも同じことが起きた。

 時の大統領リチャード・ニクソンは演説の中で公衆に向けてこう呼びかけた、「サイレント・マジョリティ」のみなさんと。彼のメッセージもまた、ひどく明白なものだった。声にこそ出せないでしょうけれども、公民権運動なんてふざけた寝言抜かしてるんじゃねえよ、ベトナム反戦だかなんだか知らねえけどそれよりも俺のまわりの法と秩序law and orderの方が大切に決まってるじゃねえか、って誰だって思ってますよね、と。

 犬笛でことは足りる、声に出さない、出す必要もない、なぜならば何をせずとも白人はマジョリティであり続けることができるのだから。

 アメリカ独立宣言はかつて高らかに宣言した。「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」と。

 白々しい嘘だった、「すべての人間」の舎弟はせいぜいが白人に限定される。

 建国時からそうだった、奴隷制に終止符を打つべく闘われた南北戦争の後でも変わらなかった、公民権運動をもってしても変わらなかった、そしてバラク・オバマでもBLMでも変わらなかった。そのバックラッシュとして、ジム・クロウが、リチャード・ニクソンロナルド・レーガンが、ドナルド・トランプが、つまりは彼らを担ぎ上げたサイレント・マジョリティが、すべてを洗い流していった。

アメリカの嘘」は何ひとつ変わらなかった。

 

 だからこそ、1987年に逝去したジェイムズ・ボールドウィンを現代にトレースさせながら読み解くことには意味がある。なぜならば、彼が透徹した「アメリカの嘘」の全く同じ鋳型をもって抜き出された全く同じ事態が、今日においてもひとつとして変わるところなくリピートされているのだから。

 彼の初期衝動からして既にそうだった。「私は常におまえは醜いのだと言われていました。自分の父親にそう言われていました。他のみんなからも言われましたが、ほとんどは父親からでした」。家族によって植えつけられたと信じ込んできた「深い、根絶可能に近い自己嫌悪」が、しかし実は「アメリカの嘘」に端を発していた、そう気づいたとき、彼ははじめて作家になった。

 そんな彼があるとき、転向を果たす。いつしか「ホワイト・アメリカのまなざしに注意を払うのをやめ、黒人の幸せと将来のほうによりはっきりと焦点を定め」るようになった。彼は「もはや白人の魂を救うことや、白人が変わらなければどうなるかについて警告することは気にかけていなかった」。専らM.L.キングの暗殺に端を発するとみなされるこの作家性の変移をめぐる「標準的な見方は、ボールドウィンは腕が落ち、自分の怒りと政治観に負け、有名であるがために作品に十分に取り組むことができなかったというものだった」。

 しかし、時の流れは彼の意図を理解するための補助線を与えた。Black Lives Matterは他の肌の色の命が重要でないなどとは唱えていない、ただし今現実に明白な危機にさらされている、守られるべき命がそこにあるだろう、と呼びかけているに過ぎない。Black Lives Matterは暗黙にAllを含意する、ただしマジョリティによってそれがAllと粉飾されるとき、そこからはWhite以外の命は事実上除外される。

 1960年代のボールドウィンがおそらくは見通していたこの事態を、2020年のビリー・アイリッシュはこう皮肉ってツイートした。

「もし誰かの家が燃えていて閉じ込められているときに、すべての家は大切all houses matterだと唱えて消防署に駆け込んで他の家も守るように行かせようなんてする? しねえよ。だって、そんなクソみたいなことする必要ないんだから」。

 彼らの異口同音を導いたのは、「アメリカの嘘」だった。

アメリカの嘘」が消え去るその日まで、彼らは同じリリックを歌わされ続ける。

 

 1960‐70年代のボールドウィンアメリカを思えばこそ異郷に身を置かねばならなかったように、筆者もまた、トランプ旋風吹き荒れるアメリカを離れる必要があった。そしてその地にて、彼のことばを改めて噛みしめる。

 私たちは、誰でも何でも互いに依存している世界に生きています。この世界は白人のものではない。黒人のものでもない。この世界の将来は、この部屋にいる全員にかかっています。そしてその将来は、今は現実の重さに耐えることのできない言語から私たちが自分をどの程度、そしてどんな手段で解放するかにかかっています。

 私たちを閉じ込める言語や分類から解放されるには、そうしたものすべての源を切り開き、嘘から自分たちを解放して、このどえらいことをもう一度始めることが必要です。

 

 世界中のいずこにおいても、未来志向を掲げる者は決まって言う、過去は過去、未来は未来、そうして彼らは決まって過去と同じ過ちを繰り返す、しかも意図的に、過ちとすら認めぬまま。

 そんな「嘘」のほかに、このみすぼらしい世界に語るべき歴史などなにひとつとしてない。

 だからこそ、「もう一度始めるbegin again」ためには、「アメリカの嘘の命を吹き込む政策を終わらせ」るためには、歴史を遡って「アメリカの嘘」を暴き出さねばならない。

 その先の未来を筆者はボールドウィンとともに見る。

 結局、私たちは互いから隠れることはできない。同じ人間を、その人間性を自分たちの人間性から切り離す区分に閉じ込めれば、私たちは自分を閉じ込めることになる。仮面の裏に隠れることもできない。私たちは、自分たちに生を恐れさせる困難に向かって走らなければならない。生を選ばなければならない、とボールドウィンは何度も言った。救いはそこ、互いとの意思疎通のなかでもっとも無防備なときの私たちの存在の美しさと醜さを受け入れることに見いだされる。そこに、愛の中に、本当の相互関係が生まれ、私たちがそう望めば、誰もが活躍できる真の民主的共同体の基盤となる。これがボールドウィンの願いであり、私自身の願いでもある。

 

shutendaru.hatenablog.com

shutendaru.hatenablog.com

shutendaru.hatenablog.com