レガシーワールド

 

 キンタマとがっぷり四つに組んで一冊の本を書いたら、いったいどういうものができあがるのか、皆目見当がつかなかった。ただ、これまでお目にかかったことのないような面白い本になる予感だけはあった。類書はないものか捜してみたが、これといった物は見つからない。つまり、これまで、誰もキンタマと本気で四つに組もうとはしてこなかったのだ。……

 生物学的、言語学的、医学的、文学的、歴史的、芸術的アプローチを全部試みてやろうと、思い立ったのである。……

 たとえば、一口に文学的アプローチとはいうものの、その一テーマでしかない正岡子規について、一カ月関連書を読み漁り、読み込んでいるうちに、子規がそこで生を終えた根岸の家をどうしてもこの目で見たくなる。上野公園を抜けて「根岸の里の侘び住まい」を二度も訪れるという始末。壮大な計画は遅々として進まないのだった。

 言語学的アプローチでは、ミシェル・フーコーの『言葉と物』の向こうをはって、『言葉とキンタマ』を書いてやろうと(もちろん冗談で言ってます)鼻息荒く、チェコ人、インド人、ネパール人、フィンランド人、マレーシア人、中国人、ドイツ人の七人(全員初対面)に会いに行き、「お国の言葉ではキンタマは何と呼ぶのですか?」と単刀直入に聞いて回ることになった。……

 医学的アプローチでは性分化疾患にことのほか関心を抱いてしまって知人の医師を困らせ、性同一性障害に悩む人の話を聞きたくなって、本厚木のチーママに会いに出かけることにもなった。

 歴史的アプローチでは、多くの囚人がキンタマを蹴られて殺された小伝馬町の牢屋敷跡をやはりこの目で見たくなって足を運ばずにはいられなくなった。……

 一事が万事この調子で、机の前に座っているだけでは満足できなくなってくるのは、おそらく私の前職が雑誌編集者だったからではないかという気がする。

 ある理路をたどって高邁なひとつの結論に至る、というよりも、ある事象に様々な方向から光を当ててバラエティに富んだカラフルな誌面を作ろうとするのが雑誌編集者の本能だからである。その本能に従って緊褌一番、日陰者のキンタマに色々な角度から鮮やかな光を当ててみようというのが、本書の仕掛けである。

 

 昨今、世界的な大流行を巻き起こしているというアボカド。その語源をたどると見事キンタマに遡れる、という。

「メキシコの原住民……の使うナワトル語で、アボカドは“ahuacatl”と呼ばれていた。この“ahuacatl”という語には『睾丸』という意味もある。当然ながら、アボカドの実とキンタマの形状が似ている、その『類似性』からだと推測される」。

 意識高い系ヴィーガンがアボカドのすばらしさを熱弁しはじめたら、脳内で片っ端から変換して地獄のようなその時間をやり過ごしてみる。

キンタマは森のバターって呼ばれてて……」

キンタマカリウムが豊富で……」

 オーキッドもまた、その語源はギリシャorchis、つまりキンタマ。その見目麗しさからよかれと思って贈り物にしてはみても、どこまで行っても所詮、キンタマの詰め合わせである。

 

 西郷隆盛が自刃をもってその最期を遂げたことは良く知られるところ、そして彼のキンタマが肥大していたこともまた同様にして。

 あろうことか、首なし死体のアイデンティファイに際してすらも、その特徴をもって本人確認が図られたという。検案書には「陰嚢水腫」とある。どうやらその原因はフィラリア、「寄生虫の一種で、その同類の『バンクロフト糸状虫』は人間のリンパ管内に寄生し、象皮病や陰嚢水腫をひきおこすという」。スピード恐怖症などで縮み上がってではなく、そのあまりの巨大さゆえに、当時の先端的な移動手段であるところの馬に乗ることすらもままならなかったという西郷どんキンタマキンタマならば、クレオパトラの鼻どころではなく、本当にどこかしらで歴史の歯車は変わっていたのかもしれない。

 

 古代ギリシャでは、大きなペニスは「男性の愚かさ、欲望、醜さを象徴」していた。ゆえに、小さなポスチオンにこそ「合理的で知的で権威があること」が認められていた。この美意識は、ルネサンスにも引き継がれる。

 男性裸体彫刻のマスターピースといえばやはり、ミケランジェロダビデにとどめを刺す。巨人ゴリアテとの決闘を前に「怯え、不安にさいなまれている」、それは表情よりも何よりもまずキンタマに現れる。ことわざ通りまさに「金玉が縮み上がる」そのさまを正確無比に切り取って見せた観察眼は巨匠の巨匠たる所以、見事に「睾丸を握」っている。

 

 と、適当に本書からいくつかをピックアップしてはみたものの、途中まではまるでしっくりと来なかった。さすがに「閑的蛋疼」だ「sich die Eier shaukeln」だ「Je m'en bats les couilles」とまでは言うつもりもないが――それぞれの意味は本書でご確認ください――、トリビアをいくつ並べられても、ああ、そうですか、としかならないあの感覚にどうにも苛まれて仕方なかった。

 正味のところ、我が身に迫るものがまるでなかったのである、そう、「男にとって一番恐ろしい」こと、「キンタマをちょん切られる」そのくだりに差しかかるまでは。

 

 古代中国では、むしろしばしば男性は自ら嬉々としてキンタマを差し出した。宦官制度である。

 その手術は至極シンプルなものだった。「后悔不后悔」の決まりことばとともに、「小さな鎌のような形をした刀が一閃し、ペニス、キンタマもろともに切り落とされるのである」。まさか麻酔など処方されない。「そのあと白蝋の針、または栓を(傷口が癒着、閉塞しないように)尿道に挿入し、傷は冷水にひたした紙で覆い、注意ぶかく包む。それが終わると、被手術者は二人の助手に抱えられて二、三時間部屋を歩きまわり、のち横になること許される。/手術後、三日間は水を飲むことを許されず、渇きと傷の痛みのため、非常な苦痛を味わう。三日経って尿道に刺した栓をぬくと、尿が噴水のように出る。これで成功ということになり、祝うのである」。

 これでようやく「金玉の皺を伸ばす」ことができるというもの、とはいかなかったらしい。

「若い宦官は、去勢のあと長いあいだ尿を漏らす。……中国人の間で、がまんできないほどのいやなにおいを『老公(宦官)のようになま臭い』というのも、ここから来ている。中国人にいわせると、宦官は半里(300メートル)も先からにおうという。

 若いとき去勢した宦官は年とともに、でっぷり肥ってくる。しかし、その肉はやわらかでしまりがない。もちろん力もない。そしておおかたの者は年をとるにしたがって肉が落ち、急激にたくさんのしわがよってくる。実際、年をとって肥満しているものは少ない。40歳でも60歳くらいに見えるのはそのためである。

 こういった肉体の変化にともなって性格に変化がおこってくる。ごくつまらぬことに不意に涙を流したかと思うと、人が気にもとめぬことにむやみに腹をたてる。そして怒ったかと思うと、またすぐ機嫌をなおしたりする。彼らに残忍なところは全くなく、正反対に害意のない宥和的なものごしが特徴的である」。

 書き写しているだけでメンタルとキンタマが蝕まれていく。

 

 しかし思う、自他のボーダーをいともたやすく越境し、類まれなる共感を呼び覚ますこの力こそが、まさにキンタマのなせる業なのではなかろうか、と。果たしてキンタマ以外の何が、筆者をしてここまでの執念をたぎらせるに至らしめることができただろうか。

 こののち、三田村泰助『宦官』を読んでみて、実はこのくだりが引用と呼ぶのをはばかられるほどのほとんど丸写しでしかないことを知るところとなるわけだが、かなり強引に擁護すれば、これもまた、我がこととして筆者が触発されたその証左であると言えやしないだろうか。

 この共感のレスポンスにも医学的根拠がないことはない。というのも、「実は、キンタマと脳みそは構成するタンパク質が驚くほど似ているらしいのである」。この両者のシンクロナイズが、たとえば収縮反応に現れたとしても、本書を読んだ後となってはもはや「金玉を吊るし上げる」にはあたらない。

 そんな大事な大事な器官が、「まるで銀行が大金を金庫にしまわずに、路上のテントに保管しているよう」に股の間を「風もないのにぶ~らぶら」しているのである。

 げに人体の不条理を知らされる。

 

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