残酷な天使のテーゼ

 

 ニコロ・パガニーニ。その驚異的な技巧でヨーロッパ中を狂乱させ、「悪魔」と呼ばれたヴァイオリニストである。ナポレオンの妹など貴婦人たちに囲われ、博打と酒と女に溺れた守銭奴。ヴァイオリンを片手に、かつてどんな音楽家も夢見ることすらできなかった巨万の富を築き、病弱で干からびたように死んでいったひとりの音楽家――。

 ひとつ確かなのは、西洋音楽の象徴的な楽器として誕生したヴァイオリンの5世紀に及ぶ歴史のなかで、パガニーニに匹敵するヴァイオリニストは、現代にいたるまでただのひとりも現れなかったということだ。……

 パガニーニの物語は、とにかく破天荒でおもしろいのだ。そこには息を呑むようなスリリングな冒険活劇も、幽霊が登場する背筋が凍るようなホラーまである。とにかく、それを楽しんでいただきたい。ぼくがこの本で書きたかったのは、ひとことでいえばそういうことだ。

 この物語の舞台となるのは、世界中にインターネット網が張り巡らされ、街にはネオンと騒音があふれ、宗教や芸術の神秘が科学的に解明される現代のような時代ではない。夜になれば沈黙と闇が街を覆い、病や自然現象の恐怖が悪魔の仕業のように考えられ、楽器を自在に操る名人芸が、まだ魔術と思われていたような時代だ。

 そして、物語の主人公は、奇想天外でミステリアス。どこか不気味で、しかも、なぜかぼくたちを惹き付けてやまない、謎に満ちたひとりのヴァイオリニストである。

 

「悪魔」となぞられるその風貌を名文をもって綴ってみせたのは、かのハインリッヒ・ハイネだった。

「地獄から上がってきたようにみえる暗い風体の人間が舞台に現れてきた。それが黒い礼服に包まれたパガニーニであった。黒の燕尾服と黒のチョッキはおどろおどろしい形で、地獄の作法によって決められたペルセポネーの館のものであるかのようだ。やせこけた足のまわりで黒いズボンが落ち着きなくだぶついていた。彼が一方の手にヴァイオリンを、もう一方の手に弓を下げて持って、ほとんど地面に触れそうになりながら、聴衆を前にしてとてつもなく深いお辞儀をすると、彼の名がいてはいっそう長くなったように見えた。あの懇願するような目つきは瀕死の病人の目つきなのであろうか。それとも、そこにはずる賢い守銭奴のあざけりの下心が含まれているのであろうか」。

 肖像画による限り、むしろ彼は紅顔の美少年よろしき容姿を与えられて生まれ落ちた。ただし、そこには一際病弱な体質も伴わずにはいなかった。彼をいかにも禍々しき堕天使たらしめた最大の要因は、今となってはおそらくは医療という名の呪術の産物、水銀中毒だった。「まず口内炎、つぎに歯周病で歯が抜け落ちる……晩年のパガニーニを苦しめた原因の多くも、深刻な慢性水銀中毒にあったと考えられている。視力の低下、運動障害、人格の変化など、さまざまな副作用が現れはじめる。野心溢れる肉体は瘦せ細り、無表情で精気のない風貌の変化」に襲われずにはいなかった。

 周知の通り、化学chemistryの語源は、アラビア語錬金術を云うal kimieに由来する。この秘術の鍵を握る不老不死の賢者の石が、水銀と密な関係を結んでいることもまた、あまりに広く知られる。水銀を指す英単語はmercury、すなわち水星に同じ、不世出のヴァイオリニストが造られたのもまた、星の定めだったのかもしれない。

 しかし驚くべきことに、グロテスクなその容姿すらも彼はセルフ・プロデュースの具へと昇華させてみせた。いや、時代が彼に微笑みかけた。19世紀、それはすなわちメフィストフェレスの時代、フランケンシュタインの時代、カジモドの時代、その最中に音楽会の壇上に突如として「悪魔」が降臨する。そしてグァルネリから放たれるのは、断末魔の叫びのごときあの音色。クラウス・ノミマリリン・マンソンどころではない異形の儀式に誰が熱狂を覚えずにいられただろうか。コンサートは単に音楽を聴かせるだけの場ではない、その一挙手一投足をパフォーマンスに捧げることで、新たなマーケットを開拓するに至る。大衆に向けて人生を切り売りすることがセレブリティの定義であるとするならば、彼はまさにその嚆矢となった。

「特筆すべきは、貴族や比較的裕福な市民層など、いわゆる音楽に金を払える層だけでなく、中流以下の下層階級をも含めた圧倒的多数の大衆たちが、熱狂してホールに押し寄せたことだ」。良くも悪くも、たとえ家財一式を質入れしてでも、金さえ払うことができれば彼のライブに参加できる、もはや階級は問われない、彼はまさしく近代市民革命を象徴していた。こうして少数のパトロンに依拠することのない、稼げるショービズへと文化を変換してみせた。

 のち、ビートルズの演奏に追っかけがエクスタシーを覚えたと巷間語り継がれるのと同じ仕方で、フランツ・リストのパフォーマンスに当時の女子が失禁、失神を催したという。この不世出の超絶技巧の原型もまた、ニコロ・パガニーニにあった。棟方志功が「わだばゴッホになる」と宣言したように、リストをして「ピアノのパガニーニになる」と誓わしめた。

 音楽のスタイルも様変わりした。パガニーニが台頭したその当時、「老若男女を問わず、もっとも広く愛されたエンターテインメントは、誰が何といっても圧倒的にオペラだったのだ」。その玉座に君臨したロッシーニを彼は瞬く間に引きずり降ろした。そこから約150年、ヴォーカリストが空気のように当たり前に過ぎた時代に、ギター一本のジミ・ヘンドリクスが世界のミュージック・シーンを更新していった旋風のように。

 

 本書越しに見るパガニーニの驚異とは、奇をてらうわけでも何でもなく、そのいちいちがポップの言語をもって記述できることにある。遡ることほぼ2世紀、電話も自動車も飛行機もラジオもレコードもないそのメディア環境下で、市民革命冷めやらぬ混沌の中で、彼は西ヨーロッパ全土をそのヴァイオリンをもって熱狂に包み込んだ。その直前、ベートーヴェンはその壮大なるオーケストレーションをもって数は力の原理を音楽化して証明してみせた。しかし彼はついぞ知ることがなかった、パフォーマンスへの万雷の拍手をもってはじめてその路線は完成の日の目を見ることを。

 ニコロ・パガニーニがいなければ、この世界の景色は今とはずっと違ったものになっていた。

 

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